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⑤御姉様 ─迅─⑤
「……ところで、迅クンに俺のこと何にも話してねぇ感じ?」
額に怒りマークをいくつか作って、雷のほっぺたを摘み上げる寸前。
そんな俺を、テーブルを挟んだ向こうから束バッキー野郎がジッと見ていた。
「何にもって?」
「迅クン固まってたけど」
「あっ、……それは、……そのぉ……」
弁当を平らげた雷は、指先じゃなく割り箸の先同士をツンツンさせて口ごもった。
まったく表情には出さずに居たつもりだが、束バッキー野郎には俺の緊張がバレてたらしい。
雷は雷で下手くそな説明を未だに渋り、「なんで話さなかったんだ」と詰め寄られている。
そんなツラで雷を見るなよ。 小さい脳みそを泡立たせて困ってんじゃねぇか。
「それは、風呂入ったあとにじっくりゆっくり説明してもらうんで」
「俺が説明した方が早いんじゃね? 雷はほら、アレだから」
「あぁ、そうしてくれると助かるっす。 ……雷はアレですしね」
「おい! 二人してなんかよくねぇ事言ってんな!? 俺だって分かんだぞ! アレとかソレとか濁してても……んむッ」
「シーッ。 黙っておやつ食ってろ。 ……説明どぞ」
雷が口を挟むと雑談が長くなる。
俺は一刻も早く二人だけの旅気分を謳歌したくて、雷の口にチョコレートを放り込んだ。 その時少しだけ、指先が舌に触れて思わず目を細める。
あったけぇそれでキスの感触を一瞬で思い出した俺は、次のチョコレートを指先にスタンバイして束バッキー野郎を見返した。
「手懐けてんねぇ、迅クン。 ついでに、俺がひたすら守ってきた雷のピュアな体に痕付けて満足か? ん?」
「……バレてんすか」
「俺に当て付けてんだろ、それ。 んな事しても無駄だけどな。 見てろ」
「………………」
……は? 何が無駄なんだよ。 〝見てろ〟って何をだ。
てか言い草おかしくねぇ?
雷のこと、おバカで能天気で素直過ぎて危なっかしいから守ってたんじゃねぇの?
奴の言い方は、好物は最後に取っとく次男的な意図を感じるんだけど。
雷は俺が付けたタトゥーを嫌がってシャツのボタンをギリギリまで留めてんのに、束バッキー野郎が間近でそれを確認したのも解せない。
怪しかった雲行きがさらにドス黒い曇天と化した気がした。
「雷」
「ふぁいっ?」
「来いよ」
「ふぁいッッ」
俺が現在進行系でチョコレートを与えてる雷に向かって、束バッキー野郎が太ももを叩いて両腕を広げた。
何やってんだ、と嘲笑った矢先、雷は口をもぐもぐさせながら束バッキー野郎の懐にすっ飛んで行く。
チビで身軽なせいでマジでそう見えた。
感動的な再会が再度目の前で繰り広げられた事で、俺の機嫌はその瞬間、見事に地に落ちる。
「……ほらな。 半年も離れてたのに呼べば俺んとこに飛んで来る。 手懐けるってこういう事を言うんだよ」
「いや、まず説明してくださいよ」
「何だ? 余裕かましてくんじゃん」
「気になって拳が震えてるんで早く説明お願いします」
「震えてんの? 迅クン大丈夫かよ」
は? 大丈夫じゃねぇよ。
雷に触るな。 近寄るな。 会話するな。 勝手にLINEでトークするな。 俺の目の前で平然と抱き締めるな。 俺を差し置いて雷を守ってたとかほざくな。
……言いてぇ事が津波状態で右の拳がそわそわしてんだよ。
従順な犬みてぇに尻尾振ってる雷にも相当頭にきてるが、その怒りはあとから晴らさせてもらうから構わねぇ。
俺は、バイト中以外は滅多に浮かべない薄ら笑いを浮かべて、もう一回「説明を」と告げた。
「まぁ……簡単に説明すると、三つ上の先輩にけしかけられて女装始めて、ハマっちまったってだけ」
「……簡潔っすね」
「てかな、あっちのキャラで仕事してっと売り上げの調子いいんだ、これが」
「仕事は何を?」
「地元のアクセショップで働いてんだけど、今度こっちに新しく店舗構える事になって、この度めでたく店長に任命されましたー」
「えぇ!? 修也先輩、出世したの!? おめでとー!!」
「この話しようと思って雷をここに呼んだんだよ。 番犬がついて来たけど」
「ぶはっ、それって迅のこと?」
……はぁ。 どこ行っても俺は番犬呼ばわりかよ。
あり得ねぇ。 マジで胸クソ。
俺がこんなに必死になってんのに。
必要以上に雷を束縛していた先輩と二人きりになんてさせらんねぇって、シチュエーション的に何かあったらどうすんだって、肝冷えてた俺の気持ちをやっぱりアイツは何にも分かっちゃいねぇ。
なぁ、雷にゃん。
お前がいま束バッキー野郎に引っ付いてるとこ見て、俺がキレないとでも思ってる?
邪魔でしかねぇって分かってて同行した俺の無神経さを、ほんとに番犬としてだけ捉えてんの?
俺はこんなヤツじゃなかったんだって。
喘ぎ声聞いてほっとけなくなって、〝腹減りでニャーニャーうるせぇから黙らせるため〟の餌付けが、いつの間にか〝雷にゃんを満足させるため〟に変わった。
俺だけにエロい声と顔を晒して、俺のイケボでイくように教え込んで、チビなりの小さい手で俺の肩に爪痕を残しゃいいんだ。
なぁ、……。
「雷にゃん」
沈黙のなか、俺は怒りマークを消して静かに雷を呼んだ。
「……な、なんだよ」
雷がゆっくり振り返ってくる。
サラサラで柔らかいキンキラキンな髪と、クソ生意気な可愛いツラと、いつでも甘え唇は誰のものか。
その目には俺しか映ってねぇ。
って事は、もう分かるよな?
「戻って来い」
俺は束バッキー野郎の真似をして、そっくりそのまま同じ事をした。
愛称を呼んで、太ももを叩いて、両腕を広げる。
先輩後輩としての時をゆるく過ごした長さが勝つか、リア充を捨てて毎日欠かさず甘やかしてきた想密度が勝つか。
……ンなの、負ける気しねぇって。
「……偉そうだぞ、迅」
「戻って来たじゃん」
「そ、そりゃ、お前のおっかねぇ拳でぶん殴られたくねぇからな」
「理由はどうでもいい」
「…………フンッ」
ブツクサ言いながら、すとんと俺の胡座の上に戻って来た優越感はハンパじゃなかった。
俺の膝を選んだのなら、どんだけ悪態吐こうが不貞腐れてようが構わねぇ。
束バッキー野郎、お前はこの、大照れしたクッソ可愛い雷のツラを知らねぇだろ。
手懐けるってのはこういう事を言うんだよ。
「なぁ、───〝雷にゃん〟って何?」
食いつきたくてたまんなかったほっぺたを上機嫌に触っていると、負け確が決定した束バッキー野郎の問いが遠くに聞こえた。
それに俺はもちろん、薄ら笑いだけで応えた。
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