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⑤御姉様 ─迅─⑩※
今の俺は、女と縁の無え野郎が空前絶後のチャンスを得た時みたいに、口元がだらしない情けねぇツラしてる。
ただ雷は、不確かな視線に怯えていてそれどころじゃなかった。
「痒いとこは無いっすかー」
「無いっすー。 お兄さんシャンプー上手いねー」
「そりゃどうもー」
優しい俺は、ふざけながらもまずはキンキラキン頭を洗ってやり、次にめちゃめちゃ丁寧に体の背面を洗ってやった。
ケツから下は自分で洗えと言ったが、それは当然だ。
これでもかなり我慢してる俺は、誰からも賞賛されない。 だからって順序すっ飛ばしてコトに及ぶほど馬鹿でも無え。
せっかくトラウマに踏み込む許可を得たんだ。
これは、一歩前進したと思ったら五歩は後退しなきゃなんねぇ長期戦。 バカ素直な心と純粋過ぎる体の開発なんか、焦ったって無駄だよな。
「あ……ッ、……迅、そこは……っ」
出来るだけ警戒されねぇように、泡まみれになった雷を後ろから抱き締める。 首から下に少しずつ泡を撫で付けていくと、すぐにトラウマの対象を見つけた。
いかにも〝ここには執着してません〟を装うのが大変だ。
全身をビクつかせた雷の制止なんかシカトして、望み通りピカピカにするフリを継続する。
雷の半裸は何回も見てたんで色形は知ってたが、指の腹に感じた触感は初めてだった。
手のひらでもそれを体感してみる。
歯を立てるのが難しそうな、小せえ乳首だ。 コリコリッてより、ツンッてのが正しい表現かも。
どっちにしても可愛い。
「あっ、あっ、……やだ、そこばっか……ッ」
「気持ちいい? 雷にゃん、感じてんの?」
「うぁ……♡ み、耳っ……耳……っ……イケボ……ッ」
背が二十七センチも違うと、俺はかなり前屈みにならねぇと雷の耳を舐められない。 ピアスを舌で転がしてる間も、指の腹で両方の乳首を攻めた。
そんな事をしてる俺のナニはすでに完勃ちで、穴があったら今すぐ入りたい状態。
二ヶ月も目視だけで我慢して、やっと触れたんだぞ。 おまけに雷は、名目上洗ってるだけであんあん喘ぐ。
その手法を手本にしてる草食系の奴らを恨んじまいそうなほど、生殺しもいいとこ。
「ダメ……ダメ……ッ♡ 俺、ちくび、ダメ……ッ」
「なんで?」
「声……がまん、できな……からぁっ……ンンッ♡」
「それが雷にゃんのデフォルトじゃん。 気持ち良ければいんだよ。 な? 素直にそう言えよ」
「ひぃっ……! 迅、また、カレシみたいぃぃ……あッ♡」
「みたい、じゃねぇっつの」
またそれかよ。 さっきその発言して俺からキレられたの、もう忘れたのか。
だんだん背中が丸まってきた雷にのしかかるのは大変だが、ツンツンした可愛い乳首から離れたくねぇって、俺の指が言ってんの。
おかげで今は全然、イライラしねぇよ。
「うッ……ン……ッ♡ マジで……ッ……迅、……やめッ、……迅……っ、はぁッ♡」
「すげぇ感度いいな。 撫でてるだけだぞ? これ気持ちいいの?」
「やぁ……ッ、イケボぉぉ……ッ」
「あんまそれ言うなよ。 気になるんだけど」
「だって……ッ、あっ♡ あっ♡ ダメだ、迅……ッ、それ以上やったら、ちくび取れる……っ」
「取れねぇよ」
あー可愛い。 可愛い。 可愛い。
言うことがいちいちバカで、可愛くてたまんねぇんだけど。
雷がこれだから、俺は抜かなくても我慢出来んだよ。 自分より雷が気持ち良ければいい。
いきなり先に進み過ぎてビビらせて逃げられるくらいなら、俺はいくらでも草食系ってやつになってやる。
「おら、流すぞー」
「ンンッ……♡」
「敏感になってんな。 お湯でも気持ちいいって?」
「うっ……! ……っ、わぁぁぁん! 恥ずか死ぬぅぅッッ」
「なんでだよ。 可愛かったのに」
「えぇッ!?」
「トラウマ克服に尽力してやるよ」
「じ、じんりょく……? 迅の力、?」
「雷にゃんはいつでもどこでもバカっすねぇー、可愛いっすねぇー」
「はっ? か、かわ……ッ? ……お前今日どしたの? このシチュと解放感で頭イカれた?」
「いや、雷にゃんほどはイカれてねぇよ」
「なんだとッ!? やんのか!?」
「へぇ、俺にそんな態度取っていいの? 一人で寝かせるぞ?」
「やだやだやだやだ!! いわくつきのお宿で一人で寝るなんて罰ゲームじゃん!!」
別の意味でビビってる雷の頭から湯をかけて、全身の泡を洗い流した。
とりあえずミッション攻略の道筋は作ったし、もっとこねくり回してぇ衝動は後回しだ。
何せ桧風呂が待っている。
弾丸一泊旅行で思い出を作ると決めた俺は、雷を抱えて湯船に浸かってみた。
……が、この風呂……温度調整がいまいちだ。 肩まで浸かれねぇくらい熱い。
「う、熱ッ」
ほらな。 露天だー!ってはしゃいでた雷も、思わず眉間にシワ寄せてる。
まぁ、冷たい夜風にあたって、目の前の森林を眺めながら浸かる風呂なんてオツだから文句は無え。
束バッキー野郎じゃなく、雷の隣には俺が居るわけだし。
って、アイツの存在忘れてたわ。
「……お前さ、あの先輩とどういう関係なんだ?」
「修也先輩?」
「そう。 女装してんのも知ってたよな? 俺に何も言うなって念押ししてたくらいだし。 いつからの知り合い?」
「あぁ、……キッカケは、高校入ってすぐに修也先輩が働いてる店で俺がピアス買ったんだよ。 俺 制服着てたから、後輩じゃーんって言われて。 そのとき修也先輩は高三だった」
「二コ上か」
「そうそう〜。 卒業してからもめちゃめちゃ面倒見てくれてさー。 門限はマジでキツかったけど」
手のひらでお湯をパシャパシャして遊ぶ雷に、「へぇ」と相槌を打つ。
あんま話聞いてなかったけど、覚えてんのは二つ。 アクセショップで働いてる事と、こっちの店舗の店長任された事。
今日はそれを雷に報告しようとしたんだって言って……、いや、待てよ……、は?
てことはあの束バッキー野郎、ずっとこっちに居るんじゃん。
今日の再会を阻止しても、まったくもって油断出来ねぇじゃん。
うわ、マジかよ。 ……この俺とした事が。
「──なぁ、迅……上がらねぇ? お湯熱くてのぼせそう」
「露天だから湯温高めにしてんのかもな」
「水飲みてぇ〜」
「水とか買ってたっけ?」
「下に自販機あったから買いに行こ?」
……何もかもどうでもよくなる、必殺・首傾げ。
熱い温泉で真っ赤になった身体が湯船から上がる様を、俺はさながら変態オヤジみてぇにジロジロ眺めてしまった。
堪能すべき景観を楽しまなかったのは、雷だけじゃなかった。
俺が一番、人のこと言えねぇ。
「……お前あざといよ」
「何だよソレ。 あざといって言葉の意味が分かんねぇ」
「それでこそ雷にゃん」
「あッ、今バカにしたな!?」
「してねぇよ」とは言わずに、笑いながら俺も雷のあとに続いた。
桧も温泉も木々も、独特のいい匂い。
それ以上に、湯上がりの俺たちは揃っていい匂いだ。
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