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⑥判明したんですけど ─雷─②

 あんなねちっこいキスしやがるから、シチュエーションと性欲がごちゃまぜになって黒豹に進化した迅には、この際ハッキリ言っとくべきだと思った。  気持ちいいことは嫌いじゃねぇし、ついつい俺もテクニシャンな迅に流されちまうけど、一応譲れないもんってのがあるんだ。  ヤリチンのダチを持つと大変だよ、マジで。 「──は? 詳しく」 「だって考えてもみろよ! ヌきっこ大会はダチ同士でも普通にやってるって迅が教えてくれたから、おかしい事してるとは思ってねぇ。 でもちくびをコリコリするのは、どう考えてもおかしい!」 「………………」  ……うーん。 我ながら言ってることがよく分かんねぇな。  俺がそう思ってんだから、部屋の隅っこまで俺を追い込んだ迅の眉間もそりゃムムッと寄るわ。  このイケメン般若面……またどうせ、「バカだな」って揶揄うつもりなんだろ。  今日はなぜかそのあとに〝可愛い〟が付くんだけど、さすがに今はそんな空気じゃねぇ。 「……じゃあキスしてんのは? キスはダチ同士でしててもおかしくねぇっての? だから抵抗しないのか?」 「いやっ、おかしいと思ってるぞ! でもそれは迅の性癖なんだろッ? キ、キキ、キスするとき、逃げらんねぇように俺を包囲してからやるくせに! このキス魔め!」 「はぁ……」 「ため息やめろ!!」  何なんだよッ。  最近よく見かける、人生に疲れた感のある重たい「はぁ……」は、ひっそりこっそり一人だけの時にしといてほしい。  キスなんてダチ同士でしてたらおかしいって事くらい、俺だって分かってるよ。  じゃあなんで迅は、ところ構わず俺にぶちゅぶちゅっとしてくんの?  新しい女作るどころかセフレも全部切って、トラブルメーカーな俺の監視に目を光らせるのはいいけど、元々平日がリア充エッチで占められてた迅の事だ。  性欲を持て余してどうしようもなくなってきてんだろ?  そんな毎日のようにため息吐いてても、イケメン面に「ヤリてぇ……」って滲ませてんだから俺だって悟るわっ。  迅が意味深に言ってたじゃん、〝俺もうマッキーペンなんだ〟って。 それがどう俺と関係あんのか知らねぇけど。 「……「俺は女じゃないから」ってのはどういう意味?」  俺を捕まえた迅の声が、急に優しくなった。  まだ眉間は仲良しでツラは般若だけど、膝を抱えた俺に「来いよ」と手を差し伸べて、布団まで連れてってくれた。  お? これはもう、ちくびへの危険は去った感じ?  迅の表情をチラチラ窺いながら、ほんとにイヤなんだってことを訴えたら分かってくれそうだ。 「聞いてやるから、言ってみろ」  ……なんでそんなに上からなんだよ。 誰だってちくび注意報が発令したらビビるだろ。  推測だけど、相手は高三の分際で星の数ほど女を抱いてきたヤリチン伝説保持者なんだぞ。  いくらシチュエーションが〝〜出来たてほやほや甘々カップル初めての温泉旅〜〟でも、俺はその主人公にはなれねぇの。 「……な、なんか、やっぱヤなんだ……ちくびは。 女の代わりにされてるみてぇ。 翼から触られそうになった時も、俺そう言ってたと思う」 「………………」 「俺がチビなの、ガチで揶揄われたり、面白がられるのはあんま……好きくない。 ノリじゃねぇじゃん、代わりにされるってのは」 「あー……そういや翼にも言ってたな。 女の代わりにするな、って」 「うん……。 だから迅も、ちくび触るのは女のだけにしとけ? ヤリチンを満足させられるような魅力ムンムンちくびは持ってねぇからさ、俺」  般若からモデル風イケメンに変わった迅が、ぐちゃぐちゃになった浴衣を前で掛け合わせただけの、ガキみてぇな格好した俺を長い足で囲う。  ヌきっこ大会の時と同じ態勢にはなったけど、迅にしては真剣に俺の話を聞いてくれた。  とてもじゃねぇけど、迅にはこんなの触らせらんねぇよ。  一体どれだけのおっぱいを経験してきたのか知らねぇが、迅も翼も、俺を面白がるにしては越えちゃいけないラインなんだ。  俺は浴衣の前をガバッと開いて、自分のおっぱいを見下ろしてみた。  ……うん、……やっぱ少しも膨らんでなければ、ちくびも大っきくない。 障害物が何もない、見下ろしたその先はすぐパンツだ。  童貞男子は一度も本物の女のカラダを拝んだ事が無え。 だから俺は、偉そうなことを言う気なんか毛頭ない。  こんな貧相なおっぱいとちくびじゃ、女の代わりには絶対ならねぇんだって事が言いたいだけだ。 「迅、ほら見てみろよ。 ぺったんこ。 さっき洗ってくれた時に分かったと思うけど、俺はチビだけど女じゃねぇんだ。 目かっぽじってよく見てみろ、なっ? ……なっ? 迅が巨乳好きじゃねぇのは知ってるけど、俺のこのちくびのどこに需要あるよ? 揉めもしねぇおっぱいなんか、ヤリチンはノーサンキューだろ?」  冷静になってそうな迅に血迷ってるのを分かってもらうため、俺はもう一回花魁になった。  平べったい胸元を両手で鷲掴んで、もみもみっと揉んで見せる。  揉めるほどの肉はついてねぇから、ほんとにちくびだけ浮いてるみたい。  見せつけるだけ見せつけて、はだけた浴衣を羽織る。  これで俺が女じゃねぇ事は分かっただろうから、危ないちくび注意報はすぐさま取り消してくれるはず……。 「……はぁ、……」  畳の上に無造作に転がったペットボトルに手を伸ばそうとしたその時、迅がすぐそばででっけぇため息を吐いた。 「はぁ……」  俺に聞こえるように、これみよがしに何回も何回も人生に息詰まってる感を出してくる。  それはマジで、しつこいくらいだった。 「ため息オンパレード!! やめろよ!!」 「……雷にゃん」 「────ッッ!」  手を伸ばしたまま固まった俺の腕を、おっかねぇツラでガシッと掴まれてドキドキした。  このイケボは卑怯だ。  ついでに、二十七センチも身長差があると、ちょっと腕を引っ張られただけで迅の胸に飛び込む羽目になる。 「なっ、なんだよ!」 「四つ言いてぇ事がある」  飛び込んだそこは、迅の腕の中。 ゴツめのネックレスが光る首元の少し下、立派な胸筋に頭を押し付けられる。  成功目前だった説得の成果は、「はぁ!? 四つも!?」という俺の返答通り。  ちくび注意報が〝警報〟にランクアップされるまで、あと五分とみた。

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