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⑧極めてみようと思います! ─雷─②
ため息のオンパレードは、聞いてる俺も気分が良くねぇ。
真剣なんだ、俺は。 こうしてる今も、元祖セフレギャル達が迅に言い寄ってるかも……なんて考えたら……。
いぃーーッッ!!って発狂しながら頭かきむしりたくなる。
「迅クンが居るなら、あたしがこっちに来ても雷を見張れないなーと思ってたんだけど」
黒くて四角い鞄にノートパソコンをしまう先輩の目が、チラッと俺を見る。
関係無えけど、その鞄は男性用? 女性用?
「……うん?」
「雷がアレを拗らせまくってるから、遠慮なく見張る事にするわね。 早速今から」
「…………うん?」
「スマホ出しな」
「えッ……」
「早く」
「ひゃいッ! メイクしてんのにその眼力ヤバ!!」
早く出せと左手を差し出されて、しかもドスのきいた声と睨みに全身がビクッと揺れた。
高校時代の修也先輩を思い出す。
あんまり喧嘩してるイメージは無かった修也先輩だけど、今の迅みたいに街を歩けばヤンキーに声をかけられてたっけ。
まだ中学を卒業したてだった俺は、そんな光景を見て「スゲー!」って大尊敬してた。
いつからか女装してバイト先に立つようになっても、揶揄われたりバカにされたりってことが無かったんじゃねぇかな。
先輩は上下関係なく慕われてる。 そんな先輩に気に入られてた俺は、ちょっとだけ鼻高々だった。
一回だけとんでもない喧嘩に巻き込まれて以来、先輩の俺への監視が始まったわけだけど……迅みたいにカレシ面はした事なかった。
俺の目の前でスマホをイジくる女の格好した先輩と、またこうして会えるとは思ってもみなかったし、ホントは手放しで喜びてぇよ。
新しい学校でもちゃんとやってるぜって。 相変わらずトラブルメーカー扱いだけど、転校初日からダチもできたんだぜって。
安心してもらいたかった。
でも実際は、ダチとのセフレ関係に行き詰まって泣きついて、結局また迷惑かけてる。
俺が童貞男子だって知ってる先輩なら、こんな事で頼っても笑ったりしねぇって確信があったから来たんだけど。
めちゃめちゃ怖えツラでスマホを見てる先輩を黙って眺めてると、これまたでっけえため息をつきながら「やっぱりね」と顔を上げた。
「さーて、雷。 一つ聞くけど、いつからか迅クンが雷の行動を逐一言い当てるなぁと不審に思ったことはありませんか」
「あります!! めちゃめちゃあります!!」
そんなの、心当たりしかねぇよ!
六時限目が始まったからか、おとなしくなったスマホを俺に見せてくる先輩が何だか得意気に見えた。
「それはね……見て。 このアプリで雷の行動ずっと監視されてたのよ、迅クンに」
「えぇぇぇッッ!?!?」
「ちなみに今も監視されてるわね。 アンインストールして場所変えましょ」
「えッ? えッ? アンイ、……ッ!?」
アプリ……!? それって今流行りの、位置情報が何チャラってやつ!?
俺そんなのインストールした覚えないぞ? てことは迅が……?
先輩に教えてもらうまで、アイコン表示も無かったから気付かなかったし。
そういえば、俺がちょっとコンビニに出掛けようもんならすぐさま迅から「どこ行くんだ」ってメッセきてたよな。 それは一回二回の話じゃなくて、毎回だ。
バイト中なのに何で分かるんだ?と聞いたこともあったけど、その時「アプリ」って一言きただけ…………あッッ!!
そうだ! 迅、あの時ちゃんと俺に白状してたんじゃん!!
てっきり誤送信しただけだと思ってたのに……なんてこった。
俺、大事な手掛かり見落としてたんだ。
……二重でビックリ。
「行くわよ」
「えッッ!? どこに?」
「いいから、ついてきなさい」
立ち上がった先輩を目で追う前に、グイッと腕を引っ張られる。
ヒールを履いて迅くらい背が高くなった先輩は、容赦なく俺を引き摺った。
モールの責任者らしき人と挨拶をかわして、その人に俺のことを弟だと紹介した先輩と、関係者専用の裏口からタクシーに乗り込む。
到着したのは、見慣れない三階建てのキレイなアパートだった。
「……ここって先輩の家?」
「そ。 店が軌道に乗るまでは一年更新だけどね」
「それどういう意味?」
「更新しないと住めないってこと」
「ふーん!」
頷いたはいいけど、あんまり意味が分かんなかった。
階段を上ってすぐの二○一号室。 ここが先輩のお城か。
玄関を開けたら、たちまちいい匂いがした。 新築ってやつみたいで、中もまぁまぁ広くてすっごくキレイだ。
座ってて、と言われて腰掛けた二人掛けのソファと、あんまり収納力が無さそうな二段ボックス二つ、テレビ台は真っ赤で奇抜。
テーブル含め他はぜーんぶ白で、ジャラジャラの付いたシャンデリアちっくな電気は若干浮いていた。
俺には無い感性のインテリア目白押し。 これは一体、どっちの先輩の趣味なんだろ。
何にせよこっちに引っ越してからというもの、迅と翼の家以外に来るのは初めてだから新鮮だ。
「雷、紅茶飲める?」
「うん、たぶん」
「多分って何だよ」
俺をほったらかして別の部屋に消えてた先輩が、〝修也先輩〟で戻ってきて温かい紅茶を淹れてくれた。
部屋着に着替えた修也先輩は、フッと笑いながら俺の隣にドカッと座る。
いいな……先輩。 化粧を落としてもあんまり男くさくないツラしてっから羨ましい。
チビな俺に比べたら背も高い方だし、人望もあって出世もして、お洒落なインテリアに囲まれて悠々自適なひとり暮らししてるって……たった二歳しか差が無えのに何だ、このオトナな感じ。
それにひきかえ俺は、なんて幼稚なことでメソメソしてんだよ。
いや幼稚でもねぇか……? だって十八年童貞男子貫いてきた俺が、ヤリチンとセフレ契約を結んだんだぞ。
尖りかけた唇に先輩から渡されたティーカップを傾けて、ズズ……ッと紅茶を啜る。 思ったほど熱くなかった。
あー……美味しい。 淹れたての紅茶って美味いんだ。
体内がポカポカ温かくなると、油断した隙を狙ったみてぇに心臓がチクチク痛みだした。
そして頭ン中に浮かぶのは、モデルばりにイケメンな迅のツラと、甘ったるいイケボ。
四六時中現れてはあざ笑う迅のことが、もはや俺にとってダチなのかセフレなのか分かんなくなってきた。
迅の元祖セフレとか歴代のカノジョ達は、みんなこんな苦しい思いして迅に縋りついてんだなぁ。
その中に俺も含まれてるって、なんか……ヘン。
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