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⑧極めてみようと思います! ─雷─⑩
──俺って下の下じゃなかったんだ。
ギャルに変身すると中の上になれるんだ。
カースト上位の迅が、貧乳ギャル好きで良かった。
おっぱいは無えけどツラだけ上等な雷ギャルは、バイトの女の子二人に混じっても少しも見劣りしてねぇ。 って、休憩時間に先輩がコッソリ教えてくれた。
俺の一番のコンプレックスと言っていいチビさが、うまく作用してる。
先輩が店長に成り上がったアクセショップ(名前は横文字で読めねぇ、ちなみにaから始まる)のオープン初日、土曜ともあって客の出入りが凄まじかった。
ゼロの付いた数字見たり、計算しなきゃとかでテンパると簡単に気絶する俺は、主に接客担当。
見様見真似で俺も、店内でカノジョ用のプレゼントを物色してた男に声掛けて、付きっきりで選んであげた。 もうすぐ誕生日で、でもカノジョが好きなこのブランドは遠方にしか無かったから、ここに出来て嬉しいって喜んでた。
でも十分くらい経つと、ソイツは雷ギャル相手に「君にあげたいな」なんて浮気発言してたから、背中を強めに引っ叩いといた。
そんな事言うなよ。 今や俺は、カノジョの立場でものを考えちまうんだよ。
迅がヨソでそんな発言してたら悲しい。 嫌だ。 ギャン泣きする。
ソイツにもそうやって説教かまして、カノジョのプレゼントを真剣に吟味した。
選んだのは、控えめな大きさで毎日使いでもうるさくない、ハートのチャームが付いた細いネックレス。 チェーンはピンクゴールドだった。
うん、普通に可愛い。
「ありがとうございましたぁ」
「ほんとにありがとう。 また来るね」
「おう! カノジョと頑張れよ!」
もう浮気発言するなよ!と言いかけた口は閉じた。
他にもたくさん接客したけど、俺こういう仕事向いてんのかな。
一回もバイト経験が無いにしてはどんどん商品も売って、自分で言うのも何だけど愛想もいい。
そして何より、雷ギャルはモテる。
接客したカップルを見送ると、彼女が見てない隙にカレシの方が振り返ってきて手を振られたり、通路を歩いてただけの陽キャ集団からは立て続けにナンパされた。
さっきの男からもナンパされかけて、休憩時間に寄ったフードコートでも知らねぇ男に声かけられた。
いやマジで、雷ギャルハンパなくモテるぞ。
若干声が低めのギャルだと思われてんだろうな。 全然男だってバレねぇんだもん。
作戦は成功の兆し。
自然と男が寄ってくるほど可愛いギャルになれてんなら、モテ迅にも少しは顔向けできる。
「……迅、……上でがんばってんのかな」
先輩のこの店のちょうど真上が、迅の職場だって言ってたよな。
朝は変身と店内の掃除、休憩時間はバイトの子と喋ってて今までスマホ触れてねぇ。 迅は大体昼から夜までのシフトが多かったから、今もまだ仕事中だよな。
夕方五時、俺はというと、雷ギャルでの今日の仕事は終わった。
「ちょっと覗きに行ってみるか……」
「その格好で?」
「ピェッ!? 先輩……ッ」
「雷はもう上がりだし行ってもいいけど、迅クンにはまだバレないようにしなさいよ?」
バックヤードで座ってぼやいて、立ち上がった瞬間に先輩に見つかってちょっとハズい。
雷ギャルはモテるって今日一日でイヤってほど分かっちまったけど、そんないきなり突撃しようなんて思ってねぇよ。
せっかく近くに居んだから、迅の姿を見てから帰りてぇだけだもん。
「先輩、……パッと見、俺に見える?」
「んー……。 見えない、とは言いきれないわねぇ。 だって相手は迅クンよ? あの子鋭そうじゃん」
「分かった。 じゃあ遠くから覗く」
「どんだけ覗きたいのよ。 警備員に怪しまれないようにね?」
「オッケー」
「あ、雷!」
「んー?」
表に出て行こうとしてた俺の腕を、ガシッと掴まれる。
ヒール履いてるからいつもより見上げなきゃなんねぇ女バージョンの先輩のツラには、今まで見たことないぐらい優しい笑顔がのっていた。
「可愛いわよ、雷。 無性〜〜にムカつくけど、今の雷は本当に可愛い」
「え……ッ、なにッ? なになになになにッ?」
「何よ」
「先輩そんなこと言うキャラだっけ!?」
「あたしが可愛いって言っちゃいけないの?」
「いやそんなこと言ってな……ッッ」
「覗いて満足したら降りてらっしゃい。 五分でメイク落とししてあげる」
「わ、分かった!!」
雷ギャルが可愛いのは知ってるけど、そんなにしみじみ言われるとは思わねぇから照れちまったじゃんッ。
フフンって得意気なツラで「当たり前だろ」と言っても良かったのに、改まって言われると俺だって口元がヒクヒクなるよ。
今日だけで履き慣らした秋用の女性ものサンダルで、通路を歩く。
エスカレーターで上の階に着いてスグ、背の低い自販機があった。 コソコソッとその影に隠れて、迅の姿を探してみる。
この階はメンズファッションブランドのテナントがズラーッと並んでて、迅が働いてんのはCから始まるお兄系ブランドの店。
うへぇ……夏に一回だけ来た事あるけど、いつ来ても店構えからしてかっこいい。
表から見えるマネキンが着てる服も、俺じゃ絶対似合わないシックな感じ。
「……ハッ! 迅だ……ッ」
完全不審者な俺を通行人がジロジロ見てんのは分かってた。
でも、店ン中で迅を見つけた俺の心臓がぴょんぴょん跳ねて、他人の視線とか別にどうでも良かった。
学校指定のブレザー着てる迅もいいけど、Cから始まるブランドの服着てるプライベートの迅もたまんねぇ。
サイドが温かい自販機にもたれて、迅を発見した俺は口元が一気にだらしなくなる。
うっかりよだれ出そうになった。
「くぅぅ〜ッ。 やっぱかっけぇなぁ……私服だと喧嘩番長には全然見えねぇんだよなぁ……。 ……ぷぷっ、迅のヤツ愛想笑いしてるぜ。 仕事はちゃんとしてんだな……あー……クソかっこいー……」
他の男のツラがへのへのもへじに見えるぜ。
俺の視界には迅しか居ねぇ。
迅にだけスポットライトが当たってるみたいに神々しくて、もう少し近付くと目をやられちまう。
あの見た目通りツンデレな迅様だけど、セフレには高待遇だって分かってからは彼ピッピになってほしい願望がヤバイペースで膨らんでる。
俺に申告するしない以前に、元祖セフレとはエッチしないでほしい。
新しいカノジョなんか作んないでほしい。
俺ちゃんと、見た目も迅好みになってイチジク浣腸も指一本もがんばる。
雷ギャル極めるから、……俺がんばるから、……いつか彼ピッピになってくれよ、迅……ッ。
「……うぅッ、なんか泣きそ……」
顔を隠しながら、急いでエスカレーターを下りた。
迅の姿見てウキウキな余韻に浸って帰ろうと思ったのに、逆効果だった。
俺、マジで迅のこと好きになっちまったんだ。
近付いた時だけじゃなくて、見てるだけで呼吸困難と嗚咽なんてヤバ過ぎ。
案の定、半泣きで戻った俺を見て先輩がギョッとしてた。
でもなぜかまた、「ムカつくけど可愛い」って言われた。
……泣いてんのにムカつくってヒドイ。
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