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⑩カレシが出来ました! ─雷─⑥

 土日は開店と同時に人がわんさかモールに集まる。  何店舗あるのか知らないけど、横長い三階建ての商業施設にはテナントがたくさんあって、別の店から流れてきたはじめましてのお客さんも多い。  見様見真似で接客中の雷ギャルも、数字さえ扱わなきゃ出勤三日目にして古参バイト並みに売りまくっている。  だってな? 一時の昼休憩、迅と過ごせるんだぜ?  迎えに来てくれて、その後はどこでどんなメシ食うんだろ♡とかカレカノっぽいこと妄想してると、仕事がはかどって楽しいんだ。  休憩が待ち遠しいあまり、実際に店内でスキップしてたら先輩に笑われちまったけど。  熱暴走しちまいそうになるから、あえて夜のことは考えないようにしてる。  ……うッ、くぅッ……! 考えないようにしてるって事を考えてたらドキドキしてきたぁ……!!  俺ってばおバカさん……!   「雷ー、ちょっと座ってていいわよ。 十二時過ぎたらみんなフードコートに流れちゃうから」 「そっかぁ。 じゃあ遠慮なくー。 今日もお客さんいっぱいだからウハウハだろ、先輩」 「まぁ、そうね。 たくさん売れると本店にデカい顔できるからね」 「平日はどうなんだ? 忙しい?」 「うーん、やっぱりモール自体の集客が土日に集中しちゃうのよね。 平日は土日の三分の二来てくれればいい方かしら」 「……さんぶんのに、……? さんぶんの、……」 「あぁっ、雷、やめなさい! 脳ミソ爆発しちゃうわよっ」  へっ? なんで俺の脳ミソが爆発すんの?  そりゃいきなり分数出されたら、頭の上にヒヨコがいっぱい飛び始めるけどさ。 爆発まではしねぇよッ。  レジに一つだけ置いてある椅子に座った俺を、過剰に心配してくる先輩。 昼時で明らかに人通りが少なくなった通路を眺めて、上品にフフッと笑った。 「まぁでも……雷、本当に良かったわね」 「何が?」 「迅クンよ。 あーんなイケメンに甘やかされちゃって」 「エヘヘ〜ッ♡ だよなぁ、俺めちゃめちゃ甘やかされてるよなぁッ?」  照れ笑いした俺を見下ろして、先輩が優しく微笑んだ。  俺もつられてニヤニヤする。 昼休憩までのあと一時間が長えなぁ。  この店のちょうど真上にあるお洒落〜なメンズ服売り場で、俺のイケメン彼ピッピもがんばって働いてる。  だから俺もがんばるんだ! ……夕方までのバイトが俺だけだからって、今ちょっと座っちゃってるけど。 「さっきも嘔吐きそうになったわよ、甘過ぎて。 いつもあぁなの?」 「うーん、最近は……てか俺が気付いてなかっただけで、ずっとこんな感じかなー♡」 「迅クン……キャラ変わってない?」 「俺にだけな」  へぇ、と頷く先輩に、俺は無性にぶちまけたくなった。  迅本人には照れくさくて……、ていうか誰にも言えねぇ惚気。  俺と迅をくっつけるべく無謀な作戦を立てた先輩には、言っちゃっていいよなッ?  いまノーゲス(お客さんがゼロってこと)だし、俺たちのことを知ってるのは先輩だけなんだし! 「もうさぁ、聞いてよ! 迅ってばめっっっちゃくちゃ甘やかしてくんの! 〝毎日家に泊まれよ〟とか、〝何食いたい?何飲みたい?〟とか、〝眠いなら腕枕して抱きしめといてやるから来いよ〟とか、〝俺のこと好きなら毎日そう言え、じゃないと俺も言わねぇ〟とかぁ〜〜ッッ♡ 満点の彼ピッピなんだけど!! ツンデレなとこもよくてー! それでな、……」 「も、もういいわよ。 ごちそうさま」  えぇ……! まだまだ言い足りねぇのに!  ごちそうさまって、俺別に何もごちそうしてないけどッ?  惚気ってそんなに美味いかなぁ? 俺にはうまうまだけど、先輩にもそうだった? じゃあなんで遮ったんだよ?  ヒートアップしかけた俺を制して、乾いた笑いを浮かべながらバックヤードに引っ込んだ先輩から、なぜか棒付きキャンディーを手渡された。  「これあげるから黙んなさい」って。  え? ガキのご機嫌取り? ……貰うけど。 「あっ、先輩、迅が来る前にトイレ行ってきてもいい?」 「えぇ、いいわよ。 その格好でうっかり男子トイレ入っちゃダメよ? 多目的トイレ使って」 「おっけー!」  そうだった。 働いてたらつい忘れがちになるけど、俺は今雷ギャル真っ最中なんだった。  お客さんが居ない時、裏でちゃんと髪をとかしなさいって言われてて……そういえば一回もといてないや。  気にし始めると顔が重たく感じる。  顔面にペタッて何かを貼っ付けてるみたいな? てか何より、まつ毛が重い。  いやいや、でも。 迅の隣に居ておかしくねぇようなカワイイ雷ギャルに、今のうちから慣れとかなきゃな!  あのツンデレヤリチン俺様迅様が、あーんなに甘々彼ピッピになるなんて想像もしてなかったから、逃したくねぇ。  いま最高にシアワセなんだ、俺は。  トイレに行くだけでスキップと鼻歌が止まんねぇぜ♡ 「──ねぇ、君」 「……ふんふんふーん♪」 「ね、ねぇ、君っ! 待って!」  ……ん? おい誰か、待ってって言われてんぞ。 待ってやれよ。  ま、俺には関係ないけどー。  スキップなんて小学生以来だけど、意外とスピード出るんだなぁ。  ギャルがご機嫌に鼻歌うたいながらスキップしてるから、あり得ねえくらいヘンな目で見られちまってるが何にも気になんねぇ♡ 「ふん、ふっふーん、ふんっ♪」 「ちょ、ちょっと! 君、Au reVoirのバイトの子だよね!?」 「えッ!?」  周りなんて気にしてなかった俺の目の前に、突然男が飛び出してきた。  トイレ目前でスピードを落とし気味だったから、急ブレーキかけて激突しないで済んだけど!  危ねぇじゃねーか!! 「うわっ、ビビッたー! いきなり飛び出すんじゃねぇよ! 轢かれるぞ!」 「……轢かれるって……君は車なのかい?」 「はぁ? 車なわけねぇじゃん。 どこからどう見ても人間……って、あ! あんたは先週の!」  トンチンカンな野郎に説教をかましてやろうとした俺は、見上げてすぐにその男の顔を思い出した。

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