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⑪情交 ─迅─③

 夜景はまた今度って事で、抱き寄せた雷のキンキラキン頭を撫でた。  そんなことでビクッと肩を揺らす雷は、今日も順調に俺の声に弱え。 「風呂入る? ピカピカだぞ」 「い、一緒にッ!?」 「……別々に入るつもりだったんだけど。 雷にゃんが俺と入りてぇって言うなら……」 「あ、ッッ、イッ、!? ダメ! 独立しよ!」 「なんだよ、独立って」  また独特のワード持ってきやがって。  俺から離れ、クイーンベッドに沿ってじわじわ後退し始めた雷の金髪が逆立っている。  俺だってドキドキワクワクしてんだ。  雷と裸で抱き合ったら自分がどうなるかなんて、分かり過ぎるほど分かりきってる。  別に無理強いするつもりはさらさら無ぇのに、警戒レベルMAXの俺の飼い猫は顔を真っ赤にして尚も後退った。 「別々で! 別々! 別々! 別々賛成!」 「分かったから前向いて歩け。 転んでも知らね……ッ」 「あッ……♡」  俺に人差し指を向けて後退していた雷の体が、グラついた。  危ねえ!と叫ぶ前に俺の足が勝手に動き、後頭部強打から間一髪救ってやる。  細え腕を引っ張って抱き寄せると、反動で勢いよく胸に飛び込んできた雷へ、俺は当然のごとく叱咤。 「だから言ったろ、ドジ雷にゃん」 「うぅ〜ッ! うるせぇッッ!! お、お風呂いただきます!」 「ッ、……どうぞ」  まるで俺を嫌がってんのかってくらい突き飛ばされたんだが。  スタコラと逃げ足だけは早い俺の猫。 照れてるだけ、ドキドキしてるだけだと信じたい。  ただずっとあの調子だと、俺もなかなか先へ進めねぇから困ったもんだ。 「はぁ、……。 あんな構えられっと手出せねぇ〜……」  童貞男子は極度の照れ屋である事が判明し、俺はこの一週間悶々としていた。  いや、気持ちは分かる。  俺も初体験目白押しだし、ずっと雷に触ってねぇとキレそうにもなるし、触ったら触ったでドキドキもするし。  ギャル姿でバイトしてるだけで野郎に告られるような可愛いツラしてんの、本人はまったく気付いてねぇから歯痒くもなるし。  こんなに毎日心が落ち着かねぇと、いつか心臓発作起こしてぶっ倒れんじゃねぇかと思うんだが、俺よりヤバいヤツがすぐそばに居るから平静を保ててる。  そりゃヤリてぇよ。 朝から晩まで、晩から朝まで、ひたすら犯してぇという妄想だけはめちゃめちゃした。  でもいざ雷を目の前にすると、コトを急ごうって気が削がれるから不思議なんだよな。  ……大事にしたい。 マジで。  下半身に集中しかけた熱を逃がすため、ベッドに座って項垂れる事数分。 バスルームから湯張りの音がした。  ついでに「うわっ」「おぉっ」「ピカピカ!」と雷にゃんっぽい声もして、俺は気付かねぇうちにフッと笑っていた。  ──それからさらに数分。  湯張りしてんのは分かるんだが、体を洗ってるような音が一切しねぇんだけど大丈夫か。  様子を見るだけだと立ち上がった先に、腰にタオルを巻いた雷が腹を押さえながら出て来た。 「……迅ー……」 「ん、ッ?」  おい、どういうつもりなんだ。  乳首丸出しで出て来るなよ。 誘ってんの?  別々同盟はどうした。 ハッキリ言っとくけど、一回触ったら俺はもう我慢なんか出来ねぇよ?  イライラとムラムラを抱えた俺は若干の般若で、俯いて腹を擦ってる雷に近寄る。 「どうしたんだよ」 「腹、痛てぇ……」 「はっ? なんだ急に! 大丈夫か!?」 「うッ……ふぇぇんッッ」  ガキじゃねぇんだから、腹が痛てぇくらいで泣くな!  泣きべそをかき出した雷を抱き締めて、とりあえず背中を擦った。  コイツ一体何してたんだ。 カラダ冷えてんじゃん。 「とりあえず服着ろ! 風呂入ったんじゃなかったのか!? お湯ためてんだろっ?」 「入ろうとしてたよ! でもその前に順序があんじゃんッッ」 「順序ってなんだ!?」  さも当たり前みてぇにキッと睨み上げられたが、なんの事だ。  泣いてたとは思えないキレ具合で、目に涙をいっぱい溜めて俺をうるうると見上げてくる。  冷えた体が心配で、俺はずっと背中を擦り続けた。 「…………ク……」  するとだんだんと雷の唇が尖っていって、小さく何かを呟いたが聞こえない。  今度は何の文句だ?と耳を澄ます。 「何? なんて言った?」 「イ・チ・ジ・ク!」 「……はぁ? イチジク……? イチジクってアレか? いやお前、必要なら俺が……」 「もうしたんだ! したから、腹が……痛てぇんだ……」 「何!?」  いじけたように尖った唇が、さらにクチバシみたいになってんだけど……。  いや、待て。 待てよ。  どういう事なのか頭ン中の整理が追い付かねぇ。  とりあえず、いつもの〝雷のバカ発言〟で片付けられる話じゃねぇのは確かだ。 「い、いや、でも、は? 雷にゃん手ぶらだったじゃん。 イチジク持ってる素振り無かったじゃん。 てか服着るより腹温めた方がいいんじゃねぇか? てか腹ン中の全部出たのか? てか……っ」 「迅うるせぇ! 俺が言うのも何だけどちょっと落ち着けよ!」 「これが落ち着いてられっか! お前はとにかく風呂に入れ! 俺もすぐ行く!」 「えッッ!? いや、別々同盟組んだじゃん! 我ら別々に風呂入りけりって!!」 「うるせぇ!! バカなこと言ってねぇでとっとと体温めやがれ!」 「ニャッ!? そんな怒鳴るなよッッ!」 「いいから! 風呂! 入れ!」  つべこべ言いまくる雷を抱えて、ひとまずバスルームに追いやった。  あー……。 あー……。  雷と居るとなんでこう予想外な出来事ばっかりなんだ。  浣腸も洗浄も俺の役目なのに。 雷には何も恥ずかしいことじゃねぇって説得するつもりで、やり方もめちゃめちゃ調べてたっつの。 「……勝手なことしやがって……」  腹痛中の飼い猫が心配すぎて、舌打ちが止まらない。  抜け目なく、服を脱ぎながらスマホで検索を開始する。  検索バーに打ち込んだ単語は〝イチジク〟〝腹痛〟〝治る?〟。

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