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⑬クラスマッチ ─迅─④
… … …
クラスマッチの種目が発表された。
三学年の縦割り、つまりクラス対抗で競うのはバレーとサッカーの二種目。 ……のみ。
去年までは四種目あったはずだが、生徒会と教師連中が運営しきれないからっつー理由で二種目になったらしい。
じゃあもう開催自体をやめたらいんじゃね?と、俺は窓際の一番後ろの席で、堅苦しい説明を淡々としている中年の男性教師を睨んだ。
いつも俺とは一切目を合わせようとしねぇ教師も、多分同じ思いなんだろ。 「めんどくせぇ」ってツラに書いてあったからな。
授業中、教科書とノートなんざ持ち込まねぇ俺の両足は、常に机の上。 さらに腕を組んで時が過ぎるのを待ってる俺に、今さら誰も何も言わないが、不機嫌オーラを感じ取ったクラスの連中は最近毎日ビビっている。
休み時間ごとに二組に足を運ぶ俺が、不機嫌オーラを増幅させて帰ってくる事に激しいストレスを感じてる奴も、中には居るかもしれない。
……そんなの知るかよ。 もう何日、雷とキスしてねぇか分かんねぇんだよ、こっちは。
偉いさん達の余計な計らいで開催されるクラスマッチのせいで、放課後の〝ラブラブタイム〟を削られた俺は完全に被害者だ。
俺がバイトを増やした事で、それはゼロに等しくなった。
学校行事を熱望していた雷がやたらとヤル気に満ちていて、最悪な事に貴重な放課後がその練習に費やされている。
かれこれ一週間、俺を放ったらかしてんだぞ。
そりゃ不機嫌にもなるだろ。
「お〜お〜、雷にゃん張り切ってんねぇ〜」
体育館の隅。
バイトの時間ギリギリまで、練習に勤しむ雷を見張ろうと陣取ってた俺の隣に、制服を着崩した翼がやって来た。
クラスの奴ら数人とバレーボールで戯れている雷を眺め、ニヤつきながら腰を下ろす。
練習が開始されてから、俺達は秘密基地でたむろしてない。
俺も翼も、雷が居ねぇと行く気が起きなくなってんだから相当だ。
「……あぁ。 見様見真似だからグダグダだけどな」
「冗談だったのにさー、雷にゃんガチで二種目とも出ようとしてたんだぜ」
「物理的に不可能だろ」
「あはは……っ、そんなの雷にゃんが考えてるはずねぇじゃん! ウチのガッコであんな張り切ってる生徒見んのが久々だったんだろうな。 種目決めの時、センコーもガチ引きしてたのウケた」
「へぇ……」
さり気なく同クラマウント取るなよ。
俺は死ぬほどその場に居たかった。 バカ元気にはしゃいでる雷は、とてつもなく可愛いからだ。
結果的に今年は開催競技が減らされたわけだが、その分ヤル気の無ぇ俺らみたいな生徒の出番が少なくなっていい。
去年までの俺だったら間違いなく、とりあえず出席確認だけして、参加も見学もしねぇで秘密基地で一日中寝ていた。
だが今年は、それを許さねぇ可愛いチビ助がうるせぇから、確実にフケるのは無理だろうけど。
「……で、なんで雷にゃんはバレーになってんの? アイツはサッカーの方が向いてそうじゃん。 ちょこまか球蹴りしてんの目に浮かぶ」
「それがぁ、なんとぉ、サッカーは定員オーバーでしたぁ」
「は?」
「来いよ。 ……見てみろ」
定員オーバーの意味が分からなかった俺は、立ち上がった翼に連れられて体育館の外に出た。
そこからは運動場が拝めて、思わず目を瞠る。
白黒のボールを蹴り合ってサッカーの真似事をしている茶髪と金髪の集団を前に、これは幻覚かと思った。
それはまさしく、ヤンキーの巣窟である高校では初めて見る、健全な放課後の風景だった。
しっかりキーパーまで繕い、どう見てもいつも通学してるスニーカーやらローファーやらでボールを追い掛け回し、ヤンキー連中が楽しげにゲラゲラ笑っている。
俺は雷にしか興味が無ぇし、こっちにまで気が回らなかったとはいえ……なんだ、このアオハルな光景は。
しかもよく見ると、全員三年二組の連中じゃん。
隣でニヤニヤしている翼も、そういやブレザーを脱いで袖を捲くってる。 聞くまでもなく、さっきまでアレに混ざってたっぽい。
「……サッカーも練習してんの? どうなってんだ、二組は」
「どうなってんだろうねぇ。 雷にゃんがはしゃいでっから、クラス内の士気が上がってんのかも。 去年まで白けてた連中が〝今年で最後だしな〟って言い出してんだよ。 俺は耳を疑ったね」
「漫画みてぇな話だな」
「俺も思った。 クセェ青春漫画な?」
「そうそう」
「迅はサッカーだろ?」
「バレーとサッカーしか無ぇからな。 球は打つより蹴る方が楽じゃん」
「俺もサッカーなんだよ。 ひと汗流してきたとこでさ。 縦割りクラスマッチだから、お前敵だな」
「……敵も味方もねぇだろ」
「いいや、雷にゃんは燃えてるぜー? 二組が優勝するんだってな」
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