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⑬クラスマッチ ─迅─⑧

… … … 「二組の圧ヤバすぎ……」 「水上一人張り切ってんだろ」 「いやどう見てもそうじゃねぇじゃん」 「一年も二年も巻き込んでるし」 「クラスマッチまであと三日だもんな」  ──ホームルームが終わってすぐの放課後。  いち早く運動場を占領している二組の連中を窓から見下ろす、一組の腑抜け達がコソコソ話している。  机に足を投げ出して、窓際の一番後ろの席に居る俺も、白黒ボールを蹴ってはしゃぐ翼を見ていた。  雷も今頃、体育館でバレーボールと戯れてる頃だ。 少しずつうまくなってやがんだよな、これが。  俺を含む熱くなれねぇ一組連中は、一昨日辺りからこうして運動場を眺めては気まずそうに帰って行くという光景を繰り返している。  お前らもやりてぇんじゃねぇの、ホントは。  アオハル羨ましいって、顔に書いてあんぞ。 「……水上絡みだと藤堂に目付けられっから何も言えねぇ……」 「うーわ、センコーまで張り切ってんのな」 「マジだりー……」 「とりあえず形だけやってみるかぁ……?」 「でも誰が藤堂に話し掛けんだよ」  ……ん。 なんで俺に矛先が向いた?  別に俺抜きでやったらいいのに。 気使われると逆に俺が気まずいんだけど。  男の風上にも置けねぇヒソヒソコソコソはガッツリ聞こえてたが、今日までロクに話した事無ぇ連中といきなり関わると、単純にビビらせちまうだけだ。  知らん顔しとこ。 「藤堂ってさ、話し掛けただけでぶん殴ってくるんだろ?」 「え! それマジ……?」 「マジマジ」  おい。 誰がそんなデマ流してんだ。  俺はそこまでイカれてねぇよ。  究極に不機嫌な時でも、話し掛けられたくらいでぶん殴るとかあり得ねぇって。  俺を遠巻きに見ている派手髪十人が、揃いも揃ってとんでもねぇ事を言い始めたんで知らん顔出来なくなった。  まったくもってふざけた話に、窓の外を眺めるフリしてジッと耳を傾ける。 「お前行けよ」 「イヤだって! あの拳にだけはぶん殴られたくねぇよ!」 「まだ死にたくねぇよな、分かる」 「待てよ、ワンチャン殴られはしねぇかもだぜ?」 「じゃあ何されんだよ! 怖えよ!」 「それは話し掛けてみねぇと分かんなくね?」  拳一発で殺れるんなら、俺はもうこの国の最高刑罰食らってるわ。  バカバカしい。  普通に会話くらい出来るっつの。  女とヤる事しか頭に無ぇからって、クソでけぇ声で下品な会話してバカ笑いしてるお前らが、ただただガキに見えて話をする気になれなかっただけだ。  よく考えたら、俺もヤリチン伝説作ってるくらいだし人の事は言えねぇんだろうが。  でも俺は、ヤッた女をひたすら貶すようなしみったれた会話はした事無ぇ。  てか、俺に話しかけるかどうかをコソコソ討論するくらいなら、素直に認めちまえばいいのに。  二組の連中にあてられて、お前らも実はアオハルしてぇんだろ。  ──ガタッ。 「──ッッ!」 「──ッッ!」 「──ッッ!」  俺は無言で立ち上がった。  思いのほか勢いがついて、椅子が倒れた。  すると一斉に十人から注目を浴びたが、その目はどれも怖気付いている。  本人が居る中で、聞かれて困るような会話をするな。 これだからひねくれたヤンキーは嫌いなんだ。 「練習行くぞ」 「えッッ!?」 「ま、まさか聞こえて、……ッッ?」 「許してください!! 俺らまだ死にたくねぇッス!!」  ……俺は殺し屋か何かなのか?  こっちは、俺に聞こえてないと思って会話してた事を知ってビックリなんですけど。  同い年に敬語を使うな、とは言わなかったが、俺は鞄を脇に挟んで茶髪の連中を見回した。 「殴られたくねぇなら黙って運動場行け。 簡単に二組に勝たせるな」 「えぇッッ!?」 「藤堂、お前にもそんな野心が……ッッ!?」 「野心なんか無えよ。 でも……クソめんどくせぇけど、学生生活最後の〝みんなで力を合わせて頑張りましょー〟には違いねぇじゃん。 最後くらい〝頑張って〟もいいんじゃねぇかと思っただけ」 「おぉ……ッッ」 「たしかに……ッッ」 「藤堂が言うと説得力あるな……!」  これは雷を見て考えを変えた、二組の連中と俺の気持ちが気味悪くシンクロしてるだけ。  つまり本心って事。  アオハル経験したそうなコイツらとは、卒業したら二度と会う事が無いかもしれねぇ。  だったら別に、高校生活の一回くらいはマジになってもバチは当たんねぇだろ。  それを恥ずかしいと思う方が、むしろダセェ。  雷が毎日ボールと戯れながら、クラスの連中と和気あいあいとしてるとこを見て連日嫉妬していた俺だ。  こういう事に今まで一回も熱くなんなかった翼も、毎日何か楽しそうだし。  俺だけハブられてんのは許せねぇじゃん。 「先に行ってるわ」 「お、おぅッッ」 「俺らもスグ行くぜ!」  ひねくれヤンキー連中は、思ったより素直だった。  殴られたくねぇから乗り気なフリしてんのかと思えば、俺が教室を出てからもこんな会話を繰り広げていた。 「サッカーのルールってどんなだっけ?」 「ググれば出てくんだろ」 「なぁ、なんか俺、急にワクワクさんなんだけど」 「……俺も」 「……俺も」 「藤堂がまともに喋ってんの初めて見たんだけどさ、……」 「あぁ、そういや俺も」 「アイツ超イケボな」 「思った!! 顔面が神ってると声まで神なのかよ!」 「目が合ったとき俺……ドキドキしちまったよ……」 「いやお前それ危ねぇから!」  ガハハハッて……そのバカ笑いは何とかしてくれ。 それはマジで嫌いだ。  ……まぁ、クラスマッチまで残り三日で何が出来るか分かんねぇけど、結果より過程が大事だって言うからな。  何か面白えもん見つかんじゃねぇの。 「……フッ」  多分俺は、誰よりも雷にあてられている。  汗かく事をダセェと思わず、ひたすら楽しんでやがる可愛い恋人の笑顔に負けた形だ。  学生生活最後だし? 優勝掲げて邁進してる二組に、一泡吹かせてみてぇな。  ……とか言うと、その時こそ俺は〝野心滾った熱い男〟認定されそうだな。  それはそれでめんどくせぇかも……。

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