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⑬クラスマッチ ─迅─⑨
……ったく。 何回断ったら気が済むんだ。
「無理だ」
「そんな事言わずにさぁ、やってみようぜ? お試しでいいじゃん」
そのお試しが無理なんだっつの。
運動場ではしゃぎ回っていた翼に捕まった俺が、練習したくて下りてきたと告げるやこれだ。
三組、四組の連中もポツポツと残ってるとこを見ると、そんなに練習出来ねぇのは分かった。
とりあえず端っこでボールに触って慣れて、ルールをググったクラスのヤツらから情報提供してもらうくらいしか、今日はこなせねぇ。
クラスマッチに張り切りまくってる二組にガチで一泡吹かせるのは無理でも、何となく形にはしときてぇってのが俺のプランだったんだが。
ブレザーを脱いだ俺に何を期待してんのか知らねぇけど、翼のウキウキ顔がイラつく。
「俺らはまともに練習してねぇんだから、いきなり練習試合なんて無理に決まってんだろ」
「ンなのやってみないと分かんねぇよ! なぁなぁ~、迅様ぁ〜試合しようぜ~」
砂埃で汚れたナリですり寄ってくるな。 分かんねぇヤツだな。
俺らがルールを把握してるんなら、まだ譲歩の余地はある。
でも今日まで一回もボールに触ってねぇヤツらが、練習だとしても試合に負けたとなるとモチベだだ下がりじゃん。
せっかく〝ワクワクさん〟だ何だと、珍しく学校行事に前向きでテンション上がってんのに。
「なぁなぁ〜、どうしても嫌なのかよぉ〜」
「うるせぇな。 じゃあせめて、今日は練習させてくれ。 こっちはルールも把握してねぇんだ」
「ヘッ? 練習~~? もしかして一組さんはぁ、俺ら二組に勝つつもりなんですかぁ? ププーッ」
「………………」
いちいち腹立つ言い方すんなよ…… 一発お見舞いしていいか?
ガチで優勝狙ってんのがアリアリと分かる、練習量からくる余裕にイライラがさらに募った。
「とにかく、練習試合ってやつは明日だ」
「分ーかったよ。 そんな般若面になるなよ、怖えな」
「誰が般若面だ」
それを言うなら、己のムカつく発言とツラを見直せ。
遠巻きに俺と翼を見ている一組と二組の連中が、これからマジで練習試合すんのかってビビってんぞ。
ここに俺が居るだけでそういう雰囲気になるんだ。 練習不足のデキレースで負けるのも、俺が覇王色の覇気を出しての不戦勝も、願い下げだぞ。
っても、まぁここは翼が引いてくれたんで、とりあえず俺は一組のワクワク軍団とボール蹴り合うか。
今日はバイト休みだし。
「あ、雷にゃんだ」
「ん?」
〝雷にゃん〟に敏感な俺だ。
袖を捲っていた俺の背後に目をやった翼につられて、振り返る。
今日も張り切って袖と裾を捲ったガキ大将スタイルで、頭にハチマキらしきものまで巻いた雷が、のしのしと近付いてきていた。
「おーい!」と走り寄ってくる声が、半ギレに聞こえんだけど気のせい?
「お前ら何してんだ! 神聖なスポーツの場で喧嘩なんてしてたら雷にゃんの脛蹴りが飛ぶぞぉぉッッ」
……気のせいじゃなかった。
体育館からここまでの短距離を走ったせいでズサーッと砂利を蹴散らし、スライディングしそうな勢いで俺と翼の間に割り込んできた。
てかこの言い草。 また変な誤解してそうだ。
「喧嘩なんかしてねぇよ」
「そうそう~迅相手に喧嘩ふっかけるほどバカじゃねぇって。 でも雷にゃーん、迅ったら練習試合しよって誘っても断るんだぜー? どう思うー?」
「はぁッッ? スポーツは練習あるのみだぞ! 断るとか何考えてんだ!」
「いや誤解だ。 断るっつか、試合する前に俺らも練習させてくれって言っただけ」
「えッッ!?」
「……何」
ヤル気の無ぇダセェ彼氏だと思われたくなかった俺は、正直に素直に弁解した。
驚いて目をまん丸にした雷からクソ可愛く見上げられたが、俺もちゃんと参加の意思があるって分かってもらえたらいいかって。
だが雷は、「マジ?」と呟いて俺と翼の顔を交互に見上げる。
とんでもねぇ事を聞いちまったみたいな、そのツラは何なんだよ。 ……可愛いけど。
「迅、……もしかして勝つつもりなのか……?」
「翼と同じ事言うなよ」
「……へ、へぇ……。 迅さん、急にヤル気出してどったの」
「別に?」
あぁ、そういう意味でビックリ仰天面してたのか。
雷にあてられた俺は、高校生活最後の思い出作りをしようとしてんだよ。
この俺がだぞ? 考えらんねぇだろ?
ヤル気出した俺カッコイイって、あとでめちゃめちゃ褒めろよ、この野郎。
「……てかさ、一つ謎が生まれたんだけど」
ツラに似合わず少し考え込んでいた雷が、ふっと顔を上げた。
俺と翼は同時に応える。
「何?」
「何だ」
「……俺はどっちを……応援したらいいんだ?」
「えぇ?」
「は?」
……は? 何?
どっちを応援したらいいかって?
そんな分かりきった事を考え込んでたのか。
腹立たしいが、俺と翼が以心伝心した。 横目で睨み合い、雷に視線を戻す。
「待て待て」と呟くお前の方が謎だ、雷にゃん。
「迅は俺のステディだけど、でも俺は二組を背負って立つ男だ。 これは困ったぞ……どっち応援すりゃいいんだ? ハッ……! 待て待て、これぞ究極の選択ってやつじゃね!? うわーッ、うわーッ! 神様! なんて運命を俺に押しつけるんだ! クソッ……俺はいったいどうしたらいいんだ! うわーんッッ!」
「神様のいけずー!!」と叫んで嵐のように去って行く雷を、恐らく運動場に居た全員が注目していた。
涙なんか出てなかったはずだが、腕で顔を隠しながら走り去る背中。
どっち応援したらいいかって……ンな事を葛藤してたのか。
悩むなよ。 ムカつくな。
アイツ……ステディな俺を選ぶかと思いきや、闘志燃える雷は俺と優勝を天秤にかけやがった。
翼がクスクス笑っている。 ムカムカ倍増。
「……ほら見ろ。 お前が急にヤル気出すから雷にゃんご乱心だぞ、迅」
「……フッ、面白えじゃん。 逆に燃える」
「マジでいい性格してんねぇ」
「お前もな」
あーそうかよ。
雷が応援してくれりゃ百人力だって、勝手に思い上がってた俺がバカだった。
すかさずスマホを手に取って、検索を開始だ。
ワクワク軍団じゃ頼りねぇから、俺自らイチからルールを頭に叩き込んでやる。
たった二日しか練習期間が無ぇなんてな。
こんな事なら、……もっと早くから行動しときゃ良かった。
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