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⑭彼氏がキレました…… ─雷─③

「チビで華奢で童貞処女ぉぉ~~ッ?」  迅の野郎……ッ、直接俺に言うだけじゃ足んねぇってのか!   色んなヤツに俺が童貞で処女だってこと言いまくりやがって……! 「そこに食い付くの? 全部ホントのことでしょ。 ていうか、レディの前よ。 そんな大声ではしたない言葉吐かないでくれるかしら」 「先輩が言ったんだろ!!」 「あたしは小声でおしとやかに言いましたけど?」 「〜〜……ッッ」  先輩に言い負かされて、あっけなく撃沈。  そりゃあさ、先輩にだったら何を知られてようがもう構わねぇよ?  恥ずかしいプライベート情報を言いふらされてるからって、そんなのは少しくらいしかムカつかねぇ。  俺がキレてんのは、ヤリチンだった迅には物足んねぇ存在だって、遠回しに言われてるみたいだからなんだよ。  思い込みじゃんって言われればそれまでだ。  理解出来ねぇと苦笑いされるのも結構。  俺だってこんなめんどくせぇヤローに成り下がりたくねぇんだ。 自分で自分が一番理解不能だって分かってても、俺は──。 「でも、……でも迅は、ヤリチンで性欲モンスターだったからさ、……。 ムラムラ抑えらんなくて女に走っちまっても今さら驚きはしねぇんだ」 「迅クンが雷を裏切るかもしれないって、本気で思ってるの?」 「ん……いや、……うん……分かんねぇ。 そうなっても不思議じゃねぇかなとは思ってる」 「雷が女じゃないから?」 「…………うん、……」 「バカじゃないの」 「……うん……分かってる。 俺は正真正銘バカヤローだ」 「やだ、ガチ凹み」  「ごめんね」と先輩が謝ってきた。  付け爪がキラッてる腕が伸びてきて、「追い込みたくて言ってるんじゃないのよ」と頭を撫でられた。  そんなガチで謝られたら、俺はもっとどうしようもない気持ちになる。  この時間に先輩がここに居るって事は、せっかくの早上がりを俺のグジグジで潰しちまったってこと。  メシでも行かない?的な明るいノリで連絡してくれたのに、俺はメニュー表にすら触らねぇ体調不良マン。  先輩ごめん……。 そう思いながらも、めんどくせぇ地雷女に憑依された俺の口は止まんなかった。 「俺、先輩に見た目だけでもギャルにしてもらった時、めちゃめちゃ嬉しかったんだ。 マジで女になれたって。 これで迅の横に並んでてもおかしくねぇなって。 でも体は所詮男のまんまじゃん……。 指一本レッスンも結局一回だけしかしてくんねぇし……やっぱ迅は抵抗あったのかなぁ……」 「いや、だからそれは……っ」 「先輩、俺いつポイされんのかなぁ? このままじゃ明日には破局だよ……ッ。 俺、迅にヤリチンって言っちゃって怒らせちまったし……ッ! ふぇッ……やっぱやだよぉぉッ! せめてヤッてからポイしてほしいよぉぉッ!」 「雷……」  自分で吐いた言葉が心臓にグサグサ刺さって痛かった。 新しいタイプの自傷行為だ、これは。  テーブルに突っ伏した俺の目からは、枯れたはずの汗が大量放出。  迅に気付いてほしいって甘ったれた俺じゃ、今から電話でヤリチン発言を謝罪する勇気も無え。  あぁッ、……もう終わりだ。  ブチ切れた迅が元祖とよろしくヤッてても、俺はもう何も言えねぇよ……ッ!  メソメソと目から汗を流しまくってた俺は、店員さんの「いらっしゃいませ」の声が届かなかった。  金髪頭をふわふわ撫でてくれてた先輩の手のひらが、急にどこかへ行ってやっと顔を上げる。  チラ見した先輩の視線は、なぜか俺の左斜め上にあった。  こんな時に背後霊でも見えてんのかとビクビクしながら振り向いたそこに、今は何よりも怖え男が立っていた。 「抵抗あったらそもそも付き合うわけねぇだろ、バカ雷にゃん」 「……痛てッ!」  迅だ!!と目を見開いたその時、凄まじい瞬発力でデコピンをかまされた。  いやいや、情けねぇツラで目から汗を流してる傷心中の恋人に向かって、デコピンは無えだろ! デコピンは! 「迅……ッ! こんにゃろ……ッッ」 「やほ、迅クン。 あたしが送り届けるまでもなかったわね」  先輩も、のんきに「やほ」じゃねぇよ!  それにしても、俺の隣にグイッと座りやがった迅の横顔が、電話の声ほどブチ切れてねぇのは違和感。  飄々としたイケメンで登場だなんて、どういう魂胆だ。 「ちっす。 またコイツがひとりで騒いでたんだろ」 「騒いでねぇし!! 大体なぁ、お前が超絶モラル違反な会話してたのが悪りぃんだ! 俺は悪くねぇ! あッ、でも先輩がここまで来てくれたのは悪いと思ってる!」 「雷にゃんメシは食った?」 「はぁッ? メシなんか食えるかってんだ!」 「分かった。 じゃあこのまま拉致るわ」 「ら、拉致る……ッ? ちょっ、おいッ!」  颯爽と登場して、座ってゆっくり喋る間もなく二分。  鞄を奪われた俺は、迅から腕を掴まれて立ち上がらされた。  迅は、俺の言葉をフルシカトしやがった上に、長い足でスタスタ歩き出す。  無表情で歩く迅が、俺の歩幅を考えねぇなんてことは今まで無かった。  コイツ……実は超キレてる……? 「待って、迅クン」  店を出たところで、先輩に呼び止められた。  囚われた宇宙人かってくらいガッシリ腕掴まれてる俺を見かねて、助けに来てくれたのかもしんない。 「なんだよ」 「おバカで猪突猛進な雷だけど、あんたの今までの行いがそうさせてんだからね」 「……分かってる」 「どんなに好き好き言ったって、そんなのその場限りの言葉なんじゃないかって不安になる気持ち、押さえつけないであげて。 雷は童貞処女なのよ」 「……分かってるって言ってんだろ」 「それならとっとと先に進むことね。 ビビッてんじゃないわよ」 「……っるせぇな」  先輩……気持ちは嬉しいけど、それは迅に俺を託すって言ってるのと同じだぞ。  表面上はいつも通りのくせして、俺の腕を掴んでくる力は「絶対逃さねぇ」と言わんばかり。  今の迅に、話し合いは無駄だ。  俺がキレたところで、目据わらせて「うるせぇ」と一蹴する。  こんなの理不尽だ。  俺の方がキレてたのに先輩には呆れられ、迅からは何をされるか、言われるか、分かったもんじゃねぇ。  逃げ、……ようかな……?

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