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⑭彼氏がキレました…… ─雷─④
ファミレス前の細い道路に、タクシーが止まっていた。
そのタクシーの後部座席のドアが、迅の姿を見るや手を上げるまでもなくガチャッと開いて、俺は無言で奥に乗せられる。強引に押し込まれた、とも言う。
そして迅が告げた行き先は、「どっか泊まれるとこ」。
えッ?とオーバーリアクションで迅のツラを見上げると、イケメン般若は前を向いたままニヤリと笑った。
「親には連絡して許可もらってる」
あ……そっすか。抜かりないっすね。
だからって夜通し生説教だけはカンベンしてほしい。
泊まるとこを探してるくらいだし、今日いきなりポイされることはないのかもしんないけど、明らかにイライラを隠してる迅はおっかねぇの一言。
車内でブレザーを脱げと命令されて、迅も脱いで、二人でカッターシャツだけになる。左胸に校章が刺繍されてるから、だって。なんのこっちゃ。
そうこうしてると到着したのはそこそこ綺麗なビジネスホテルで、いつかどこかで見たことある運転手のおっちゃんは、俺らが高校生だってことを見て見ぬフリした。
「え、ちょっ……迅……ッ」
慣れた様子でチェックインを済ませた迅は、部屋の鍵を指先でカチャカチャもてあそびながら、もう片方の手で俺の手のひらを握った。
エレベーターという密閉空間で、二人っきりになった途端これだ。
「何」
「い、いや……」
ひぇぇ……ッ! 怖え!
視線だけで人を殺っちまえるぞ、お前!
「はぁ、イラつく。 なんだアイツは。 雷にゃんの保護者気取りも大概に……うわ、っ」
ダブルベッドとテレビくらいしか無え部屋に入るなり、不機嫌丸出しの迅が先輩への不満を漏らした。
聞き捨てなんなかった俺は、瞬間的に迅の腹にパンチをお見舞いしたんだけど。
さすが、場慣れしてる迅は軽やかに避けて、俺の右ストレートは不発に終わった。
「なんだよ、いきなり。血の気が多いな」
「……ッッ、だまれ!!」
俺の大事な先輩に対して、どんな理由があってもそういうことは言ってほしくねぇ。
大体、俺が〝一人で騒いでた〟原因を作ったのは迅、お前だろーがッ。
「今日のことは俺も悪りぃけど、充分お前も悪いだろ! でも先輩は何も悪くねぇ! キレてんなら俺にキレろ!」
「………………」
息巻いて言うと、迅の目がスッと半分の細さになった。
あ、……やべぇ。
俺いまめちゃめちゃ余計なこと言った気がする。
空振った右の拳をいそいそと背中に隠して、すかさず迅から距離を取った。
「へぇ、キレていいんだ?」
「…………ッッ」
いや確かに、無関係の先輩にキレるくらいなら俺にキレろ!とは言いましたけど……!
二次元のカッコイイ敵役並みに、いつの間にか黒い翼を引っさげてやがる迅が不敵にニヤッと笑った。
俺の失言を待ってましたとでも言いたげに、目据わらせて近寄ってくるんじゃない! むしろキレてんのは俺の方だったはずだ!
「待て待て待て……ッ! 言い直すッ! キレるのはやめろ! 俺お前のせいで絶不調なんだぞ!」
「それを言うなら、俺はお前のせいで血管一本切れた」
「えッッ!?」
どこの血管が切れたんだよ!平気なのか!?って、一瞬マジで心配しそうになった俺は、こんなだからいつも〝バカ素直〟だって揶揄われるんだ。
逃げるスペースが少な過ぎるここじゃ、黒い翼の生えた迅に確保されるのはあっという間。
「こんなよく知りもしねぇとこまで来て俺から逃げるくらいなら、最初っから俺の〝好き〟を受け取るんじゃねぇ。覚悟が足りねぇのはお前の方だろ、雷にゃん」
「ひッ……!?」
……ほらな、もう捕まった。
さらっと腰を抱いて顎クイしてくる迅を突っぱねることなんか、貧弱な俺は出来るはずねぇ。
おまけに俺ってば、迅のイケメンとイケボにメロメロなんだよ。
鼻がくっつきそうなくらい至近距離にある迅のツラに見惚れて、とびっきりイイ声で囁かれた日には体に力が入らなくなる。
たったこれだけのことでポポポッとほっぺた熱くするなんて、恥ずかしいやら自分にイラつくやら。
俺は……ムカついてたはず。
メシも食えねぇほどイライラして、ポイされる恐怖でいっぱい泣いた。
「わっ、……迅……ッ?」
見開いた目からまた汗が滲んできそうで、顔を背けた時だ。
バカ雷にゃん、と悪態をつかれた俺は、言い返す間もなくふわっと抱きしめられた。
俺の頭から、たぶんプシューッと煙が出た。
「元ヤリチンはマジの恋愛しちゃいけねぇってのか」
「い、いや、俺は別にそういうことを言ってたわけじゃ……ッ!!」
「お前が何を聞いて勘違いしてんのかくらい分かってる。不安になるのも分かる。だから俺は、周りに言いふらしていいかって雷にゃんにちゃんと聞いたよな?」
「あ……そういえば……」
「それなのに、なんで俺が他の女とヤって雷にゃんを捨てるって話になんの? どういう思考回路してんの?」
「うッ……」
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