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⑭彼氏がキレました…… ─雷─⑤

 そうだった……。  迅は元祖達に待ち伏せされて迷惑してっから、いっそ俺と付き合ってることを話して追っ払いたいって……確認取られたっけ。  毎日毎日、休み時間ごとに二組まで来て俺の椅子になってる迅なんか見たことねぇって、翼は言ってた。  あんなに一人の人間に夢中になってる迅は、今までが今までだから見慣れなくてキモい、とまで……。 「お前さ、俺と翼の話盗み聞きしてたんだろ? 最後まで聞いてた?」  あッ……ちゅーされる!って、ンなわけねぇか。  ちょっと背中を丸めた迅から抱きしめられてるせいで、少し動くだけで自分からキスをしでかしてしまいそうになる。  それくらい俺たちは今、超最接近中。  まともに受け答えなんか出来やしねぇ。 「……いや……聞いてねぇ、……かも」 「はぁ……」  くそぅ……ため息吐かれたのにキレらんねぇ。直視なんか出来るかってんだ。  いつの間にか俺のイライラがドキドキに変わってるし。  ……なんでだ。おかしい。  あんなにムカついてたのに、迅からギューッされただけで違う何かが腹ン中に溜まってく。  うぅーーッ! 翼の生えた迅様め……ッ!  俺が今とことん絶不調で油断と隙だらけだからって、どんな魔法かけやがったんだッ。  迅から見られてると思うと、触ったらヤケドするぜ並みに体が熱くなってくる。  真っ裸になったら多分全身が真っ赤になってて、そのうえ見えねぇ煙をモクモク出してる俺は何かに変身でもすんのかって感じだ。  簡単に言うと、迅から触られてるだけで自分の体が自分のものじゃねぇみたいな? 「今度こそしっかり聞いとけよ」 「えッ……」 「俺は、雷にゃんさえ居ればいいって言った」 「ふ、ふぇッ……?」  俺の自慢のキラキラ前髪の隙間から見えたのは、相変わらずの無表情能面。  そのイケ能面からいきなり耳をコショコショされて体を逸らすと、今度は頭をナデナデしてきた。  何なんだ。  アメとムチを巧みにお使いになられる迅様の考えてることが分かんねぇ……って、それはきっと迅も同じことを思ってんだよな。  そんでコイツは、俺が何に弱いかってのも熟知してる。  ムカつくくらい、迅は俺の扱いがうまいんだった。 「性欲爆発寸前でも、女が裸で寄ってこようが少しも反応しねぇ自信がある。俺はもう雷にゃんじゃねぇと勃たねぇ、とも言った」 「えぇッ……?」 「雷にゃんが男だから手出さねぇわけじゃない。大事にしてぇからだって何回言えばいいんだよ。てか俺がどれだけ我慢してるか分かってんのか? 泣いても喚いてもいいけど、俺が雷にゃんをヤり捨てするとか胸糞な不安抱えたまんま逃げるんじゃねぇ。分かったか、このバカ雷にゃん。ウルトラバカの称号を与えてやろうか」 「うるとらばかぁッ……!?」  そんなのヤだ……!! 迅の代名詞だった〝ヤリチン〟より不名誉な称号じゃん!  そりゃ俺が早とちりして騒いだから、迅だって皮肉の一つや二つ言わなきゃ気が済まねぇんだろうけど……! それにしても迅らしくねぇ早口でまくし立てやがって……! 「ぐぬぅぅ……ッ」 「呻くな。勝手にヤり捨てカス野郎扱いされた、俺の方が喚き散らしてぇっての」 「うぅ……ッ」  そ、……そうだよな……。迅の言ってることは正論だ。  俺たち、出会って日は浅いかもしんねぇ。  初っ端の印象も最悪だった。  こんな、喧嘩は激強なくせに一匹狼コミュ障ヤリチンなんかと、誰が仲良くするもんかって思ってた。  でもなんだかんだあって優しい一面が見えちまって、何回も危ねぇとこ助けられて、もっさん達を引き取る時に即決だったことでイメージも変わって、誰よりも一緒に居る時間が増えて、……気付いたらメロメロキュンになってた。  そうだ。  俺がシクシクメソメソしてたら、迅は必ず「何言ってんだ、バカ雷にゃん」と言って不安を拭ってくれた。  マジで理解力の無え俺に、めちゃめちゃ分かりやすい態度と言葉で──。 「雷にゃん。ダンマリかよ」 「いやはや、……何も返す言葉はございません、です……」 「フッ……。よろしい」  偉そうにニヤリと笑われても、全然まったくカチンとこなかった。逆にそのニヒルな笑顔が迅に似合ってて、クソカッコイイと見惚れた。  〝俺を信じろ〟って言われてるみたいだ。〝そんなことで悩むな、ウルトラバカ雷にゃん〟って。  こうやって小せえことでガタガタ騒ぐと、毎回迅から熱烈なハグを受ける俺は何にも分かってなかった。  遡ってみると、迅はずーーっっと変わんねぇ。  俺がバカでほっとけねぇからって、監視したり、監視したり、監視したり、監視したり。  今日もいったいどうやってここまでたどり着いた? ……聞くのが怖え。 「分かってくれたんならいいんだけど、一つどうしても納得いかねぇ事がある」 「な、なんだ! 言ってみろ!」  何十秒もジッと見つめられて、巨大な穴が俺の顔に空いちまうとこだった。  能面だったツラがだんだん険しくなっていく。  俺は白旗上げて降参したんだし、それなのにまだそんなに眉間にシワ寄せてるって相当なコトがあんのか。  雷にゃんに任せとけ!と胸を張ると、さっきよりも強い目力で見おろされて喉が鳴った。  ところがどっこい、迅は大真面目な不機嫌面でこんなことを言った。 「俺、雷とセックスするのビビッてるわけじゃねぇから」 「えッ? は、はいぃ……?」  末っ子のくせに面倒見がいいって、そのギャップ萌え何とかしてくんねぇかなーと惚れ直してた矢先にこれはねぇだろ。  まだそれを引きずってたのか。  先輩がああ言ったのは、単純に〝さっさとヤッちまえ〟って発破をかけただけなんじゃないの?  知らねぇけど。

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