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⑭彼氏がキレました…… ─雷─⑥

「断じて、ビビッてねぇ」 「う、うん……?」 「ビビッてねぇんだからな」 「分かったって!」  そんなムキになって何回も言わなくても……!  迅にとってはすげぇイヤな言葉だったんだよな。 俺は童貞処女だから大事にしたいって言ってたの、それがマジだってのは分かったから。  こんなとこでかわいー末っ子気質出してくんなよ。キュンポイントだぞ、それ。 「これだけは束バッキー野郎に訂正してもらいてぇ」 「あれは俺を庇ってくれたんだから水に流してやれ! 俺が分かったって言ってんだ! もういいじゃん!」 「俺の沽券にかかわるからガチで訂正求む」 「股間にかかわるって……! お前なぁ、いつでもどこでも下ネタ言やいいってもんじゃねぇよ? 今は絶対その時じゃなかったぜ」 「股間じゃねぇ。沽券だ」 「どう違うんだよ? ……あ、分かった! 同じ言葉でも意味が違うやつな? 〝暑い〟と〝熱い〟みてぇにさ!」 「いや同じ言葉じゃねぇ……って、もういい。めんどい」 「はいッ、俺の勝ちー!!」  フゥー! 久々に迅から勝利を勝ち取ってやったぜ!  何をやっても迅に敵わねぇ俺は、揚げ足取りでも何でも勝てりゃいいんだ、ヘヘッ。  ビジホに泊まる羽目になっちまったのは俺が全面的に悪りぃけど、迅がここまで来てくれたってことに意味があるよな。  俺にそんなつもりは無かったものの、結果的には、騒いで相手の気持ちを確かめようとする自己中メンヘラに成り下がってるのは確か。  親に外泊の連絡まで入れて、用意周到に俺を追っかけてくれたとか……なんか体ン中がホクホクしてきた。  今なら〝単純バカ〟っていくら揶揄われようが構わねぇ。  俺は嬉しい。俺は俺のまんまでいいって言われたのが、たまんなく嬉しい。  迅が感情を表に出すのって、珍しいどころの騒ぎじゃねぇから。  こんなに俺を自惚れさせていったいどういうつもりなんだ。一周回って卑怯だぞって、ほっぺたカッカさせていっそキレちまいそう。 「雷にゃんが勝ちでも何でもいいから、とりあえずごめんなさいしろ」 「……えッ!? なッ……なんでだ!!」 「早く」  おっと……流れが変わった。もう迅に主導権取り返された。  俺の中から出かけたハッピーホルモンが、空気を読んでヒュッと引っ込む。  迅め……やっぱり怒ってたんじゃん。  謝れって言うなら謝るよ、もちろん。  俺だってあれは悪いと思ってて、鬼電が途絶えたから勇気が出なくて謝るタイミング逃してただけだし。 「あ、えっと、……! 迅、その……や、ヤリチンって言ってごめんなさい!!」  恥ずかしくて迅にしがみついて……だけど、ギュッてしてくれたからちゃんと言えた。  伝説がホントだとしても、結局それはストレートな悪口になっちまうもんな。  せめてこのワードを言うときは〝元〟を付けねぇと、そりゃ迅も怒るよ。  なっ? 俺は何がいけなかったのかちゃんと分かってるだろ、迅?  …………って、アレ? アレレレレレ?  迅さん、まだ背中に黒い羽背負ってるように見えるんですが……? 「……謝るとこ、そこじゃねぇ」 「えッ!? で、でも迅、俺がヤリチンって言ったからキレてんじゃ……ッ!?」  どういうことぉぉッッ!? 俺しっかり謝罪しましたよねぇッ?  ビックリだ。悪かったと思って謝ったのに、見上げた迅のツラは能面のまま、許してくれてる気配が無え。  特大のため息吐いた迅から鼻をギュッと摘まれたんだけど……これはまた俺……何かやらかした、のか? 「はぁ……。俺はな、雷にゃんがまーだ俺の本気を疑ってた事にキレてんだ」 「あ、あぁ〜そういうことか!」 「理解したな? じゃあはい、改めて〝ごめんなさい〟どうぞ」  そうか、俺はまずそれを謝んなきゃいけなかったのか……。  頭ポンポンして言いやすい環境を作ってまで謝罪を求めてくる迅は、俺のメンヘラ的暴走で傷付いた、ってこと……なんだよな。  俺も晩メシ食えなくなるくらい大ショックを受けたけど、そもそもそれは勘違いだった。  元祖達の誘惑なんかに負けねぇ、俺のこと大事にしてぇから手を出さない──迅はそう言ってたよな?  それ……俺はホントに信じていいのか? いいんだよな?  迅、お前は俺に覚悟が足んねぇって言うけど、今この瞬間って大チャンスなんじゃねぇの?  大好きな雷にゃん目の前にして、ちゅーもしてこねぇくせに何が覚悟だ。 「…………俺のことポイするつもりねぇんなら、さっさと手ぇ出しやがれコンニャロー」 「────ッ!」  謝る気のねぇ俺の言動に、それだけは禁句っぽい迅はキッと目尻を吊り上げた。  キレられるのは分かってた。でも俺は、手出してもらいてぇんだからしょうがねぇじゃん。  だって元祖達は迅とヤッてるもん。俺の知らねぇ迅をそいつらが知ってると思うともう……頭おかしくなりそうだ。  さっき先輩に言ったことは俺の本心だったりする。  ポイするならせめてヤッてから捨ててほしいってやつ。  ……いやでも、これはやっぱ……超めんどくせぇな、俺……。 「お前……謝罪って言葉の意味知ってるか」 「……知ってる」  今の迅には一番キく煽りをしちまったことで、部屋ン中が一気に冷え込んだ。  あー……迅さんの激ギレまであと何秒でしょう。  俺はまた考えナシに思ったこと口走って、どうやら自分で自分の首を絞めたようです……。  迅の目の色が変わった。  頭をなでなでしてくれてた時とは明らかに違う、能面の迫力がレベチ。  どうしましょう、迅さんってば最高におっかねぇ笑顔を浮かべてらっしゃる。 「ごめんなさいしなかった事は一万歩譲って見逃してやるよ。でも雷にゃんは今、手ぇ出せって言ったよな? それが雷にゃんの望みなんだな?」 「……うん」 「知らねぇよ?」 「えッ……し、しし知らねぇよ、とは……?」 「さぁな」  フッと卑屈っぽい笑顔を浮かべたままの迅から、俺は何とも簡単に肩に担がれて米俵になった。 「うぁッ……! あ、あのッ! 煽った俺がいけねぇんだけどな、手荒な真似はよしてくださいよ、迅さん!」 「知らねぇよって言ったじゃん」 「ひぇ……ッッ!?」  すぐ目の前にあるベッドじゃなく、風呂場に直行してる迅は恐れてた激ギレタイムに突入した。  俺の落ち度は、謝るところをミスったことと、もう一つ。  あれだけ〝ビビッてねぇ〟発言を繰り返してた迅の神経を、サラッと逆撫でしちまったこと……。  

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