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⑮勝負 ─迅─⑩

 当たり前のように定期で改札を通り、雷の家まで送るつもりで時刻表を眺めた。  こんな時間にウロウロしてたのはマジギレもんだが、理由はどうあれ俺に会いに来てくれたのに怒るのは違う。  電車に乗り込んで、空いてる車両を見つけて隣同士に座った。もちろん手は繋いだまんま。 「──雷にゃんが楽しそうだったから」 「……エッ」  俺がやる気になった〝原因〟を知りたがるコイツには、言うべきだと思った。  言わなきゃ「なんで?」口撃が始まるだろうってのもあったが、ガキみてぇに拗ねて黙ってる方がダセェと思った。 「一つくらい、雷にゃんと思い出作ってもいいかなって。俺と雷にゃんがこうして制服着てダベる事って、卒業しちまったら二度と無えんだぞ。雷にゃんがはしゃいでる姿見て、クラスの連中と楽しそーにやってるの見て、俺がそこに居ねぇのがムカついた。俺は見てるだけでいいのかって……体が勝手に動いてた」 「えぇぇ……ッッ」 「今まで何とも思わなかった行事だったのに。とりあえず出席してれば卒業に響かねぇからって、それだけだったのに。お前が……俺のこと放ったらかしてアオハルしてっから……」 「えぇぇぇぇ……ッッ!?」  言わなくていい事まで言っちまった気がするが、ポロポロッと全部を打ち明けた俺の隣で、雷は大袈裟なくらい驚いた。  思わずその小せぇ口を塞ぐ。  いくら空いてるからって、電車内は無人なわけじゃねぇ。声だけはデケェ雷は、そうでなくても目立ってる。  もごもごと何かを言いたそうにしてたんで手を退けてやると、「マジかよ……」と呟いて俺の顔をガン見してきた。  うわ……この反応。  俺やっぱめちゃめちゃハズイ事言ったんじゃん。  運良く窓際だった俺は、あからさまに雷から視線を外し、流れる景色を楽しむフリをした。 「迅……そ、そ、それ本気で言ってる?」 「恥ずか死ぬくらいマジ」 「そうだったのか……」 「なんかカワイソーなヤツ見る目で見てんだろ。やめろ、見るな」 「そんな目してねぇって! 自分の目で確かめてみれば!? ほらッ、こっち向けよ!」 「クッ……」  雷はそう言いつつ、グイッと俺の頭を掴んで無理やり目を合わそうとしてくる。  金髪チビのくせにこんな時ばっか馬鹿力。  嫌でも視線が合って、まれに見る腑抜けたツラをしてる俺に雷はニコッと可愛く笑った。 「迅……キュンキュンしてるよ、俺。キュン超えて、ギュンギュンしてる」 「……ギュン?」 「迅は一匹狼の黒豹だもんな。そんなすぐチームプレー出来るはずねぇよ」 「……動物二体入ってるぞ」 「俺責任感じちゃうなぁ♡」 「……聞いてんの?」  雷なりに、俺を励まそうとしてくれてんのか。  放ったらかしにされて拗ねた彼氏なんか、お呼びじゃねぇだろ。案外さっぱりしてるとこのある雷は、「そんな事でキレて拗ねる彼ピッピなんか要らね!」とか言いそうじゃん。  何だかよく分かんねぇが、ご機嫌に何度も「ムフッ♡」と笑ってる雷に、俺が言える事なんか無かった。  雷の最寄り駅に到着し、自宅まで送り届けようとした俺はまた、雷に腕を掴まれて困惑した。  「こっち、ついて来い。ムフッ♡」って。  意気揚々と連れてかれたのは、雷の家からは徒歩で二十分はかかるグラウンド付きの公園だった。   「ってことで! ……ジャーン!!」 「え……」  砂利を踏みしめて、雷が手のひらで差したその先。  ちょっと前から何人かのヤンキーが見えてはいたが、近寄ってくとそいつらの顔には見覚えがあった。 「藤堂、バイトお疲れっス!!」 「サッカーしようぜ!」 「サッカーしようぜ!」 「なっ、……しようぜって……」  俺と雷の姿に気付いたヤンキー連中は、サッカーの真似事をするようにドリブルをしながら近寄ってきた。  ん……これ何? どういう状況?  「よっ!」と挨拶を交わす雷に、視線を落とす。  まさかコイツ……。 「雷にゃん、これ何?」 「一組の連中がサッカーしたいんだってさ!」 「いや……なんでコイツらがココに集まってんの? もしかして雷にゃんが……」 「あぁそうだよ! 俺が連絡して集まってもらったよ!」 「………………」 「でも全員来てるとは思わなかったぞ! 俺はあの……えっと、コイツ! 村上? に電話してみただけで!」 「水上、俺は村上じゃなくて柴田だ」 「あッ、ごめん! じゃあお前が村上か!」 「いや俺は高橋」 「えッッ? 村上ってどいつなんだッ?」 「……俺のクラスに村上は居ねぇよ、雷にゃん」 「えぇッッ!? だったら俺、柴田の番号を村上で登録してたってこと!?」 「いや水上、番号交換したのは俺。俺は梶原」 「えぇぇぇッッ!? どういうこと!? 村上って誰だよぉぉッッ!?」 「ブフッ……!」 「あははは……っ」 「水上ヤバッ! マジでウケる!」  雷の天然が炸裂していた。  そんなに接点の無かった一組の連中巻き込んで、雷はその魅力を最大限に発揮し、取り囲まれて爆笑されている。  「ぐぬぅ……ッ」と悔しそうに下唇を噛んでるけど、……俺には分かった。  練習したら?ってダメ元で連絡したサッカーのメンツが、意外にも全員集まってる事が嬉しいってツラしてる。  俺も驚きはしたが、ぶっちゃけなんか……ホッとしたっつーか。  不思議な気持ちだ。  もう二十二時半を過ぎてる。  あちこちからココに集まったんだろうコイツらとの時間は、一分も無駄に出来ねぇ。  だってそれは、平和主義者な雷の厚意を無駄にするのと一緒だから。 「ん。じゃ、終電までアオハルすっか」 「うぃ〜〜!」 「やっちまいましょ! 二組にボロカス負けたまんまじゃ俺らも悔しいもんな!」  俺がやる気になった事がよほど嬉しいらしい。  全員揃ってドリブルで去って行くヤンキー連中の背中を、こんな気持ちで見つめる日がくるとは思わなかった。 「──雷にゃん」 「ンヘッ? 何ッ? よ、余計なことすんなって言うんだろッ? 文句ならアイツら帰ったらたっぷり聞……ッ」 「ありがとな」 「ヘッ!?」 「俺は勝負にこだわる質じゃねぇって、今気付いた。楽しけりゃいいのかもな。……何事も」 「迅……ッッ」  全然関わりのなかったアイツらが、雷を取り囲んでくだらねぇ事で笑ってんのを見てると、嫉妬とかそういう感情は一切湧かなかった。  明らかに態度が悪かった俺に罪悪感があるからかもしんねぇ。  でも、これだけは言える。  一匹狼な俺に何かを気付かせようとした、単純バカな雷の気持ちがめちゃめちゃ嬉しかった。  チームプレイが何たるかなんて分かんねぇよ。だからって分かろうとしねぇままじゃ、思い出作り以前の話じゃん。  そんでもう一つ、ボールを追いかけながら思った事。  つるむのも悪くないかも、な。

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