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⑮勝負 ─迅─⑨
うるせぇな。俺はそういう男だろ。
しかも雷が輪姦されそうになった話なんか、忘れたくても忘れらんねぇっつの。
一連の俺を試そう作戦の時、先輩が重々しく語ったこれも俺を慌てさせるためのウソだと思ってたが、後にこれだけはホントだと言われた。
いやそれはウソの方が良かったんだが。
「そうねぇ……。迅クンは今まで誰ともつるまなかったのよね? 相手が何を考えてるか、何をされたら、言われたら、嫌なのか……そういうの考えた事ある? あと誰かのために何かしてあげよう、とか」
スタッフ専用の関係者入り口の扉を開けて、今は女の格好をしてる先輩を先に通してやる。
「レディーファースト素敵ね」と言われたが、先輩の言葉を考え込んでて無意識だった。
「何かをしてあげよう、か……。アイツになら」
「雷は同クラなの?」
「違う」
「あ〜! だからよ。迅クンは雷にしか心開かない朴念仁じゃない? そこに雷が居ればまた違ったのかもしれないわね」
「……なんとなく分かる」
「サッカーは仲間と協力してゴールに向かってくスポーツでしょ。迅クンだけが突っ走ってもダメ。逆に仲間が勝手な事するのもダメ。迅クンが寒いと思ってる〝協力〟ってやつしなきゃ。日頃から同クラ連中とそういうコミュニケーション取ってるの? 取ってないから、バラバラなんじゃないの? ロクに話もしないでいきなり連携プレーしろって、そんなの無理に決まってんじゃない」
「………………」
……そりゃそうだ。先輩の仰る通り。
立ち止まった先輩にフフンと笑われたが、ぐうの音も出ねぇ。
俺は自分の事ばっかだった。
なんで出来ねぇんだ。なんで俺にボール寄越さねぇんだ。なんで取り切れねぇんだ。なんで、なんで──。
自分のポテンシャルを過大評価して、よく知りもしねぇ周りを無能呼ばわり。
これが親しければ通用すんのかもしれねぇが、何も構築されてない真っさらな状態で不満だけ抱えて……俺が一番ダセェじゃん。
「迅クンが学校行事に前向きになったのって、あの子に触発されたから?」
「まぁ」
「あなたみたいな一匹狼、みんなで仲良く何かを成し遂げましょう、とかいう行事はくだらないと思ってそうだもん。意地でも参加なんかするかよ、ケッ!ってそっぽ向いてたんでしょ、今まで」
「ダルかっただけ」
「またまたぁ〜! あたしもロクに参加してなかった勢だから偉そうな事は言えないけどねぇ。仕事を始めてからやっと、チームワークの大切さに気付いたのよ」
「……今度は〝チームワーク〟か……」
俺は一匹狼だって自覚が無かっただけだ。
それに、右向け右の行事にいまいち気が乗らなかったのも、特に理由は無え。
雷の必死なツラが浮かんだ。〝アイツらだけが悪いみたいに言うな〟──雷はそう言いたかったんだ。
「──迅!!」
え、……雷にゃん?
振り返ると、金髪に葉っぱを散らした雷が居た。
なんか無性に雷のツラが見てぇ……と脳内にチビ雷がはしゃいでる笑顔を思い描いてたせいか、本物がニュッと現れてさすがの俺も驚く。
「あら、雷じゃない。こんな時間に外出するなんて誰が許したの?」
「……それ俺のセリフな。こんなとこで何してんだよ、雷にゃん。一人で来たのか? この時間にウロついて何かあったらどうす……」
「お前を迎えに来た!! 迅、俺について来い!!」
「………………」
「なーんかヒーローもののアニメでも見てる気分になるわね」
雷は両足を肩幅以上広げ、左手は腰に、右手は人差し指を伸ばして俺を指差し、そこらじゅうに響き渡るほどの大声で息巻いた。
分かった。分かったからそんな目立つな。
先輩の発言にも吹き出しそうになった。
まるで的を射てんだもん。
のっしのっしと小せえ歩幅で近付いてきた雷は、先輩に「お疲れ!」とだけ言うと俺の腕を引っ張って歩き始めた。
「なんだよ。どこに行くんだ。ラブホ?」
「ラブ……ッ!? ち、ちちち違ぇよ!」
「場所くらい言えよ」
「あのなぁ、迅ッ! お前はサッカーを……てか俺らをナメ過ぎてる!!」
「は?」
なんだ、そんな事を言うためにこんな時間に外出しやがったのか。
電話でよくね?と思いつつ、会いたいと思った時に雷に会えたのは嬉しい。
人通りのまぁまぁある駅までの道。俺は堂々と雷の手を取って繋いだ。勢いそのまま振り払われるかと思ったが、ビクッと肩を揺らしただけで終わる。
繋いだ手のひらが冷たかった。
コイツいつから外で待ってたんだ。
ヒーローになる前にこんな寒空の下で待つなよ。バカは風邪引かねぇって言うけど、万が一があるだろ。
「一匹狼な迅はカッコいいと思うよ。群れで行動するタイプじゃねぇってのは、付き合い短い俺でも分かってることだ。でも〝やる時はやる〟のが男だろ」
「……生意気な」
「うるせぇ!!」
はいはい。……俺が間違ってました。
雷は、一匹狼甚だしい俺を説教しに来たらしい。あれじゃ言い足りなかったんだな。
俺もさっきは頭に血が上ってたし。
軽口を叩きながらも、俺は雷の手をギュッと握って白旗を上げた。
「先輩と話してたの、ちょびっとだけ聞いちまったんだけど。クラスマッチ参加する気になったのって、俺が原因?」
「原因ってか……まぁ、……」
「でも俺、迅に〝やれ〟とか言ってなくね? なんでやる気になったんだ?」
「………………」
駅目前、あんまり聞かれたくねぇ事を問われてしまった。
また盗み聞きしてたのを怒って話を逸らそうか……でもそれじゃ雷は納得しねぇよな。
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