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19〝好き〟の違い ─迅─⑧
あの、天真爛漫で元気ハツラツって言葉を地で行く雷が、「怖かった」と俺にくっついて離れなかった。
ムードはそこそこな場所で、何十分も抱き合っていた。雷が離れたがんねぇから、デートどころじゃねぇなと思いながら俺も離せなかった。
とんでもねぇ体験をした雷は明らかに動揺してたんで、今日はやっぱ俺ン家に帰ろうと提案した。デートは明日でも明後日でも、何ならもっと先でもいいじゃんって言ったんだ。
だが雷は、いじけたツラして「今日の予定はずらせない」と頑なに帰りたがらない。
こんなとこで意地張んなくていい、俺の事なら気にするな、とも言った。でも譲れねぇんだと。
そこまでクリスマスデートに固執する理由は分かんなかったが、リア充極めてた俺の過去に嫉妬してんのかもしんねぇと思うと無下には出来なかった。
セフレ達にヤキモチやいて「心臓がチクチクする」とか言ってたチビ雷が、猫目をうるうる潤ませて上目遣いしてきてみろ。
誰も拒否出来ねぇって。
「──ここでいい?」
凹み気味な雷の意思を尊重した俺は、時間的にメシをすっ飛ばして泊まるとこを探した。
クソ可愛い恋人の一番の目的を果たすためだ。
「えッ? それ俺に聞く!? こ、ここここればっかりは達人に任せるしかねぇよ!?」
「達人言うな」
「じゃあなんだよッ、ラブホ名人!?」
「違うから」
〝良さげなラブホ〟を徒歩で見つけた俺たちは、そういうちっさい小競り合いを繰り広げた後、普通のホテル並みに値段の張るところを俺の独断で選んで入った。
雷は建物に入った瞬間から、イルミネーションを眺める時より目をキラッキラさせて物珍しそうにキョロキョロしてたんだが……。
正直な話、あえて選んで入ったここは、過去の俺が使ってきたホテルと同じだとはとても言えねぇ。
受付は無人で、部屋を選ぶシステムは他と変わんねぇが、見るからにグレードが違う。通路から内装の雰囲気から、ヤれればオッケーな安っぽいホテルとは雲泥の差だ。
奮発して泊まった豪華な星付きホテルとそんなに大差無いって、〝ラブホデート〟にドキワクしてる雷の願望を叶えるという名目から逸れてる気がする。
「わぁ……! 今のラブホってイメージと全然違うんだな! 普通のホテルみてぇじゃん! もっとやらしい雰囲気なのかと思ってソワソワしちまってたよ!」
「…………」
出来るだけいいとこに泊まらせてやりたいって俺の勝手な判断で、ラブホ初体験の雷が勘違いしたままはしゃいでいる。
……あぁ、そうなんだよ。
ここはほぼほぼ普通のホテルと変わんねぇ。ラブホらしさが微塵も無えんだよ。
照明スイッチがある宮付きのダブルベッドだけはそれっぽいが……風呂もガラス張りじゃねぇし、アダルトグッズ販売とかコスプレ衣装の貸出を大々的にやってねぇし、やたらと娯楽が充実してるわけでもねぇ。
ホテルマンのサービスが無いだけの、ただただシンプルでシックなホテルの一室。
──しまったな。初っ端のここをラブホだって刷り込ませちまうと、いつか一般的なところに行った時に雷は間違いなく混乱するじゃん。
「……雷にゃん、そんなに珍しい?」
「ああ! 思ってたよりキレイで落ち着いてて、全然やらしくなくて逆にビックリしてる!」
「……ん、そっか」
あーあ。テンプレ通りに思いっきり勘違いしてるな。
ウロチョロ動き回ってる雷に声を掛けた俺は、ベッドに座ってしばらくその興奮の様子を黙って見守った。
「へー」「ふーん」といい反応してるとこ悪いが、ここは雷が行きたがってた場所とは言えねぇぞ。
「雷にゃん。来い」
探検するには狭い室内だ。
そろそろいいだろ、と雷を手招きして呼ぶ。
「……ふむッ」
妙な返事のあと、テテテ……とベッドに腰掛けてる俺に近付いてきた雷を、ひとまず膝の上に乗せた。
〝ドキッ〟を隠せない素直なほっぺたに触りながら、一応再確認する。
「マジで大丈夫なのか?」
「何が?」
「さっきの今だ。……無理してんじゃねぇの」
「無理なんかしてねぇよッ。俺は今日という日をめちゃめちゃ楽しみにしてたんだ!」
「……すっかり邪魔されたけどな」
「うッ、うむ……」
話を蒸し返すようで悪かったが、さっきの出来事が忘れらんねぇのは俺も同じだ。
雷のことがマジで好きだったと自白したヤシロアツトの行動は、それがたとえ好意が爆発したからにしても完全にやり過ぎ。
雷は恐怖を、俺はこれ以上無いくらいの怒りをそれぞれ感じたってのに、そう簡単に記憶から抹消するなんて無理。
口にガムテ貼られて肩に担がれた雷の目が、俺の脳裏に濃ゆく残っちまった。
抱き寄せなくても、コテンと俺の胸に頭を寄せてきた雷がいかに動揺してるか。
何事も無く助けられたからって、このしなくてもいい経験はどう頑張ったって忘れらんねぇだろ。
畜生……。雷が無意識に甘えてくんのめちゃめちゃ可愛いけど、これは恐怖心からくるもんだ。
もっと早く、拉致られる前に助け出せてたら……なんて、今さらな事を思って奥歯を噛み締めながらちっこい体をギュッと抱き締める。
「怖かったよな。……もっとアイツぶん殴れば良かった」
「ん……。でもな、俺……ぶっちゃけ八代のことあんまり覚えてないんだ。アイツめちゃめちゃ語ってたんだけどさ、俺の記憶にはほとんど無くて」
「…………」
「薄っすら覚えてんのは、アイツが俺のベルトを欲しがって奪おうとしたこと」
別に俺は何かを聞き出そうとしたわけじゃなかったんだが、おもむろに語り始めた雷がぺろんと服を捲り上げた。
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