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19〝好き〟の違い ─迅─⑨

 意味不明すぎて目が点になった俺と、大真面目なツラで服を捲った雷はしばし無言になる。  ──ヤシロアツトがベルトを欲しがった?  いやだって、……お世辞にも野郎が欲しがるような代物には見えねぇんだけど。  露呈したそれは、一見普通の焦げ茶色のベルトに見えるが雷のはちょっと違う。  猫好きなコイツらしい、バックルそのものが猫の足跡の形してんだよ。雷みたいなマニアにはウケそうなやつだが……これをヤシロアツトが欲しがったって?  てかそれ、いつの記憶?  輪姦されそうになった時の? それとも今日? ……って、話の流れ的に前者だよな。  ヤシロアツトの事はあんま覚えてねぇが、〝ベルトを奪われそうになった〟のは覚えてるってのが引っ掛かる。  もしかしてすり替えた記憶が戻ってきてんのかと、知らず眉間に皺を寄せながら聞いてみた。 「……ベルト? ……なんでベルト?」 「さぁな。俺のベルトって昔からこれなんだ。気に入ってるから、五年くらい前に十本一気に買ってんの。ストックがまだ六本あるから、そんなに欲しかったんなら一本くらいあげれば良かったかなー」 「……ヤシロアツトがこれを欲しがってたっての? はるばるこんなとこまで来て、雷にゃんを拉致るほど?」 「もしかして八代も大の猫好きだったとか?」 「知るか」  なんでこの特殊なベルトを、ヤシロアツトが欲しがってると思ったんだ。  雷は大マジだし、記憶を取り戻したにしては怯えてる様子も無え。輪姦されそうになった過去を持つヤツの言動じゃねぇんだよ。  俺は恐る恐る、雷を刺激しないようにさり気なく服を直してやりながら、さらに深堀りした。 「なんで、ヤシロアツトがソレを奪おうとしたって分かるんだ?」 「え? だって俺のベルト外そうとしてたもん。高一の時だ。喧嘩ふっかけてきたと思ったら、今日みたいに縛られて拉致られて、ビンタされて、目ギラギラさせてベルトに触ってきたんだよ。俺のベルトを欲しがってたとしか思えねぇじゃん。なぁなぁ、見てみろ、キャワイイだろ! これもうネットでも販売してねぇレアもんなんだぜ!」 「…………」  せっかく直してやった服をまた捲って、俺にバックルを見せびらかす雷はいたって平常。  饒舌に語られたのは、過去の忌々しい記憶じゃなくキャワイイベルト自慢。  ……なんとなく分かった。  コイツ、記憶をすり替えたわけじゃなかったんだ。  犯されそうになった最悪な記憶を、ベルトを盗られそうになった不愉快なものとして、いい方に曲解して覚えてた……? 「はぁ……」 「えッ、迅? どした?」 「いや……別に」  重てぇため息を吐いた俺を覗き込んでくる雷の無邪気なツラに、毒気を抜かれた。  短絡的バカの思考回路は、相変わらず侮れない。  実際はどうだったとか関係なく、コイツがそう思ってんならいいかって結論に至るしかなかった。  わざわざ言う事でも無えし、勘違いしたままでいた方が幸せな時もある。  一つ気になんのは、ヤシロアツトが雷のことを好きだとか何とか言ってた事。  それを聞いても雷は、自分の勘違いに気付かなかったのか。ベルトを触ってたのは、奪おうとしてたわけじゃなくて脱がそうとしてたんだって……。 「なぁ、アイツ……雷にゃんのこと好きだったって言ってたじゃん。あれは初耳?」 「うん。迅が来る前、それを俺に熱弁してた」 「は? じゃあ何、俺が来る前に告白されてたって事?」 「そうなる、かな……?」 「ほんのり嬉しそうに言うんじゃねぇよ。イラつくな」  ポッじゃねぇよ。俺以外のヤツに告られてニヤニヤするなっての。  こういう時、恋人が無垢なバカだと困る。  そんで俺みたいな敏いヤツは、その表情を見ただけで雷の考えてる事が読める要らねぇ才能を会得した。 「だ、だだだだってな? 俺は迅と違って非モテ人生を歩んでたんだぞッ? 告白とか迅からしかされた事無えし……ッ!」  猫目をまんまるに見開いて慌てふためいた雷は、ちゃんと俺の嫉妬の目に反応した。  バカはバカなりに成長してるのが分かって褒めてやりたいとこなんだが、今後また誰かに告られた時も〝ポッ〟となるんじゃ、俺は少しも安心出来ねぇよ。  俺以外の人間からの好意はすべて拒絶しろ。  無邪気に喜ぶな。……バカ。 「それでいいんだよ。お前は俺から好かれてりゃいいの」 「いやそれはそうなんだけど! 告られたら誰だって嬉しいもんだろ!」 「先輩の店でバイトしてた時にも告られてたじゃん」 「あれは俺じゃなくて〝雷子〟だ! ギャルの格好で告られたのはカウント出来ねぇ! 不正になる!」 「……どうでもいい境界線だな」 「どうでもいいとは!?」  なんだよそれ。意味不。  そういやあの時も妙な勘違いして、告ったキモヒョロ野郎と〝よろしく〟しようとしてたよな。  雷は人当たり良いし、大声でキャンキャン喚きはするがよく笑って可愛い。相手が喧嘩する目的で近寄ってきたわけじゃねぇと分かるや、一瞬で心の扉がオープンになる社交的ネコ。  ヤシロアツトからの告白も、俺の到着が遅かったら情にほだされてた可能性もあるって事だ。  いつから好きだったのか? どこが好きなのか?  そんなもんを根掘り葉掘り聞いた日には、自分からベルトを差し出して〝お友達なら〟とか言って許容すんだ。 「雷にゃんさぁ……もっと危機感持ってくんない? 俺言ったじゃん。お前限定で嫉妬狂いの男なんだって、俺は」 「しっとぐるい、っすか……?」  格好とかどうだっていんだよ。  雷そのものに魅力がなきゃ、まず誰からも告られるわけねぇんだから。  でもな、俺が一番に目付けた。  俺が一番に雷の心を掴んだ。  雷の一番は、俺がもらってる。……はず。  うぶうぶな童貞処女は、どんな状況だろうが告られただけでニヤつくほど嬉しいのかもしんねぇが、俺の膝の上であざとく首傾げてる雷を〝可愛い〟と思ってんのが俺だけじゃねぇとなると、マジで心穏やかでいられねぇ。 「あームカつく。そのツラもクソ可愛い。すぐ調子に乗る雷にゃんのこと説教してぇのに……出来ねぇ」 「ピッ……!?」 「お前がそんなだから心配なんだよ。弱えのは俺がカバーしてやれるけど、雷にゃんが可愛いのは俺じゃ止めらんねぇだろ」 「なッッ!? ちょッ、迅さん……! そんなこと言われちまうと俺ドキドキすっからやめ……ッ」 「うるせぇ。黙って俺だけにドキドキしてろ」 「ぴッ、ぴぇッ……♡」  自分で自分が寒かった。  狼狽える雷を抱き締めて、クセェ台詞を平気で吐いちまうほど、俺は雷にメロメロなんだ。  耳まで真っ赤にして鳴き声を上げる雷をドキドキさせんのは、俺だけでいい。  俺が王子様なら、雷はお姫様って事になんだろ。お姫様は王子様から溺愛されるって相場は決まってんだ。  ……いや、俺なに考えてんだろ。寒いって。

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