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4か月目:楽しい月曜日
一泊して一澄が帰っていった日の夜。
夕飯も終わり、お風呂に入ったあと、寝室のベッドでスマホをいじっていると、隣に了介さんが入ってきた。
ベッドの中で、了介さんは『男性妊娠のしおり』を読んでいる。おれも復習のつもりで、いっしょに読ませてもらった。
「男性妊娠とは?
男性でも、突然変異の体質で生まれ、妊娠できる方がいます。<男体妊娠症候群>の方です。
そうでない男性にはない、<疑似産道>があります。
疑似産道で性交することはできません。
また、男体妊娠症候群であっても、妊娠しない場合が多く、妊娠しやすいかどうかはMPI(Male・Pregnancy・Index=男性妊娠指数)で判断します。
MPIが高い方で、妊娠を望まない方は、肛門性交を控えましょう。肛門と疑似産道は繋がっており、肛門内(あるいは疑似産道)に精液が入った場合、妊娠する可能性があります。
さらに、薬を服用しない限り、毎月<月経>が来ます。
月経が来てほしくないという場合、主治医に相談し、薬を服用するようにしましょう。
薬については、次のページで説明しています。
ただ、薬を服用してもMPIが高い場合、精液流入により妊娠する可能性があります。
ご自身の体質を主治医とよく相談・説明してもらい、月経と妊娠をコントロールしましょう」
「征治はMPIが高いんだよな?」
ベッドにうつ伏せになった了介さんが、おれのほうを向いて尋ねた。
「はい。基準値より、ものすごく高いです。第二次性徴があってから、高くなって」
「そっか。やっぱりいろいろ、苦労してるんだな」
了介さんの顔を見て笑う。
「でもおれ、赤ちゃんを授かるのが夢だったから。だから、苦労だとは思いません。たしかに差別は怖いけど……いや、そのことを考えると、すごく不安になるけど。でも、了介さんがいてくれるから」
了介さんは目を細めて微笑んで、おれの頭を撫でてくれた。
「うん。二人で乗り越えていこう。な」
「はいっ」
了介さんの子どもを身籠ってよかったと、改めて思う。
妊娠四か月目に入った。
まだお腹は目立たない。胎動も、まだ感じない。
でも隈原総合病院には健診に通っていて、エコーの画像を見せてもらう。お腹の中の白い塊は、赤ちゃん。心音も感知できる。
桧田先生にいろいろと相談に乗ってもらったり、専門の看護師さんに妊娠のあれこれを話す。日々雑感、というかんじで、赤ちゃんや妊娠について、いろいろ思ったり感じたことを話している。看護師さんは内田さんと言って、ふっくらした頬をしてよく日焼けした、優しい、五十代の女性だ。
「村岡さんは感受性が鋭いわ。素晴らしいわ」
おれの発見を大げさに褒めてくれて、微笑んでくれて、ずいぶん勇気が出た。
了介さんとも、病院に行った。
おれの問診をし、エコーを見せてくれたあと、桧田先生は了介さんに
「天馬さん、体調はどうだ?」
と尋ねていた。
「元気ですよ」と笑う了介さん。
「寝不足か? 顔色、少し悪いな」
「ああ、ちょっと、仕事の締切が押してて。さすが先生」
感心して、
「でも、どうしておれの体調を訊くんですか?」
不思議そうな顔をする了介さんに、先生は半眼になる。
「旦那の体調がよくないと、村岡さんも心配だろ」
「さすが先生! そうなんです、顔色悪くて、心配で」
おれが思わず割って入ると、「な?」と先生は了介さんを見る。
「たしかに、そうですね。心配かけてごめんな征治」
「ん、了介さんが頑張ってるの知ってるから。おれと同棲するようになってから、ますますお仕事忙しくなりましたよね」
「今のうちに働いとこうと思ってな。赤ちゃん産まれたら、セーブできるところはするようにするから。いっしょに育児したいし」
「了介さん……」
手をぎゅっと握って、肩に頭を乗せる。
「うれしい。大好き」
「おれも大好きだ!」
手を握り合い、目を見つあって笑うと、「すぐ次が産まれそうな勢いだな」と桧田先生。
「それだけ仲良きゃ、なんとか乗り越えていけるだろ。でもむりはするなよ。二人で抱え込まないようにな。困ったことがあったらいつでも相談してくれ」
桧田先生。ぶっきらぼうだけど、頼りになる立派な先生だ。
おれと了介さんはお礼を言って、帰路についた。もらったエコーの写真は、母子手帳に挟んだ。
妊娠四か月目を半ばを過ぎた月曜日。
胸が膨らんで、お腹も少し出てきたので、妊夫用のサポーター(胸に巻くやつ)とお腹に巻くコルセットをつけて、おれはまだ図書館で勤務していた。職場には妊娠したことを報告している。
月曜日の朝、休みのおれは家で料理をしていた。
今日は了介さんも休み。かかりきりだった仕事が早く片付いたので、所員さんたちに仕事を任せて年休を取ったそうだ。
日・月とお休みなのがうれしくて、最近はつわりも落ち着いてきたおれは、手づくりのプリンを了介さんと作っていた。了介さんは料理が趣味で、おれも嫌いじゃない。というか、了介さんと暮らしていたら料理がどんどん好きになった。
「朝ご飯食べたら、デザート食べたくなった。なにかないかな……。なにもないな」
冷蔵庫を覗きこんで残念そうな了介さんに、そういえば材料があったはずとおれが提案する。
「了介さん、プリンは? プリン作りませんか?」
「お、ナイスアイディア! いっしょに作ろう、征子ちゃん」
うれしそうな了介さんにおれもノリノリになり、おそろいのエプロンをつけて、プリン作りに励んだ。
できたプリンは黄金色で、カスタードにコクがあってどっしりしていて、カラメルもほろ苦く、甘くとても美味しい。
「うまー!」
ご機嫌でプリンを頬張るおれと了介さん。
そうそう、と了介さんがスプーンを持つ手を置いて、おれの顔を見る。
あれ? なんか顔が緊張してる?
「あのな、征治」
「はい?」
「区役所行かないか?」
「え……?」
それって……まさか!?
「にゅ、入籍……!?」
ぽろりとスプーンを落として言ったおれ。了介さんはそっと落としたスプーンを拾ってくれて、照れくさそうに笑った。
「うん。あー、でも、もっとちゃんと決めてからのほうがいいかな? なにかの記念日にするとか。またにする?」
おれはぶんぶんと首を振った。
「にゅ、入籍する! 今日する!」
「わかった。じゃあプリンを食べて、出発な。……泣いてるのか?」
ずび、と鼻をすすった。目をこする。
「だって……、う、うれしいから! 了介さんと結婚……。うれしい」
了介さんはおれの頭を撫でてくれて、優しく微笑んでいた。
「おれもうれしい。結婚式は、するならもうちょっと落ち着いてからがいいかな。妊娠中でも、安定期……って言うんだっけ? 安定期に入っていたらできるかもしれないけど」
「おれ、ドレス着たい……」
涙を拭きながらつぶやくと、「征子ちゃんのウェディングドレス姿か」と了介さんは相好を崩す。
「いいなあ。ドレスで結婚式して、あと、男の子・征治としてタキシード着て写真を撮るっていうのもいいなー」
了介さんは、男の子のおれでも愛してくれるよね。
「ん、いろんなおれで結婚式したい。……父さんと母さんにも言わなきゃ」
実はまだ妊娠のことも結婚のことも言っていない。一澄にも口止めしている。気が重い。
「電話しような。おれも、話させて」
微笑む了介さん。ぎゅっと抱きつく。
「ん! これからは三人で生きていくこと、報告しましょう」
「おれ、両親はもういないから。だから、お父さんとお母さん、喜んでくれるといいな」
目を細めて、優しい顔。
「はい。了介さんのお父さんとお母さんにも喜んでもらいたいな!」
了介さんが三十四歳のとき、ご両親は事故で他界したそうだ。会いたかったな、と思う。了介さんはおれの頭を撫でた。
「ああ。きっと、二人とも喜んでるよ。どこかで」
顔を見合わせて笑う。突然、了介さんはある人の名前を出した。
「みちるなら、『天国で喜んでる』って言うかもしれないけどなー」
みちるさん。了介さんの、別れた彼女。二人は仲がよくて、愛し合っていたそうだけど、みちるさんが「神の道に入る」と言ってシスターになることになり、別れたそうだ。今でも年賀状の交換はしているという。
みちるさんは今でも了介さんの心の支えのような人で、おれはやっぱり嫉妬してしまう。了介さんは笑っていた。
「赤ちゃん産まれたら、年賀状に家族写真載せてみちるに送ろう。きっと喜んでくれるよ」
了介さんの逞しい体に抱きつく。了介さんはおれの背中を抱いて、ぽんぽんってしてくれた。
しばらく抱きあって、じっとしていた。
「じゃあ、食べたら区役所、行こうか」
了介さんの声にうなずく。顔が、ふわーっと緩む。
「はい。行きましょう!」
了介さんはにこにこ笑って、またおれの頭を撫でてくれた。
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