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第1話
朝日が昇るのを一睡もせずに待っていた奴が、リビングのカウチで憔悴していた。
帰ってきた俺の顔を見ると、メタルフレームの眼鏡の奥の視線が緩み、安堵の表情を浮かべる。
俺は昨夜の喧嘩を脳裏から追いやると、キッチンに入り、当番制の朝食をつくりはじめた。
東京=ニューヨーク間の移動距離は約一万メートルだ。離れ離れになるのが嫌だと泣いて縋れたら、どれほど楽だろう。受け入れざるを得ない状況を、どう消化したものか、わからないまま夜の街を彷徨っているうちに、朝日が昇ってきてしまった。
奴には兄がいて、俺にはまだ未成年の弟がいる。
俺の弟が、奴の兄の経営する種々の事業のひとつである学校法人の世話になっていなければ、こんなに話が拗れることも、そもそもこうして同棲することも、なかっただろう。
奴の兄に初めて逢ったのは、三年半前の冬だった。
俺のダブルワークの勤め先に、奴が常連客として通ってきていて、最初は善意から、ツテがあることを告げられた。俺は自分のためだったら絶対に呑まなかったろう、共同生活をするという条件を丸呑みにして、奴の兄を紹介してもらった。
「仕事はいいが、家事が壊滅的なんだ」
その時の奴の言い訳だ。
家政婦を通いで雇っているが、その代わりをしてくれるなら、給金分を無利子分割払いで、寄付金分、前借りできるという美味しい条件に、俺は飛びついた。奴の口添えと奴の兄の善意により、俺の成人する年、年の離れた、たった一人の肉親だった弟は、本来納めなければならない多額の寄付金を、特別に分納という形にしてもらい、奨学生として中高一貫の全寮制寄宿学校に通うことを許された。奴の口利きがなければ、奴の兄も首を縦に振らなかっただろうことは明白だった。
最初は、条件を呑ませるように同居を決められて、抵抗がなかったわけじゃない。
けど、奴は誠実でいい奴だ。
何処の馬の骨とも知れない、両親を亡くした俺たち兄弟に親身になってくれるだけでなく、俺のことを心から愛してくれている。だから三年ぐらい、たかが三年と思えないこともなかった。
奴との生活が、ただの同居から同棲に変わるまでに、二ヶ月もかからなかったのは、無理矢理強要されたセックスが良かったからでも、屈服させられ、誇りを踏みにじられたことが癖になったからでもない。合意が得られたあと、過去の行き過ぎた行為について尋ねてみたら、性癖ではなく、こんなことは初めてだと言っていた。ただ、初めて人を好きになって、どう振る舞ったらいいかわからなくなったのだと。
そんなことを言われたら、俺としては、奴に対する態度はどうあれ、その苦しみを自然と理解しないわけにはいかなかった。
だって、俺もそうだったから。
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