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第1章①
“キス、何度目だ?”
真っ暗なはずの部屋の天井がいやに明るいな、とふと我に返って思った。
ああ、カーテン、閉めてないのか。
外灯の明かりが斜めに差し込んで天井を照らしている。
窓は、ベッドの頭側、手を伸ばせは届くところにあったけれど、カーテンにはちょっと届かない。僕は、のっそり起き上り、ベッドを降りた。が、その途端に脱ぎ捨てられた服に足をとられ、“あっ”と思わず小さく声をあげた。足元までは明かりは届かず真っ暗で、僕は、そろそろと、半ば手探りで窓に寄り、カーテンに手をかけた。
「何時?」
不意にベッドからあいつが聞いた。
「わるい。起こした?」
低くきくと、それに答えるようにくぐもった声がベッドから聞えたけれど、なんと言ったのかはわからなかった。
シャッと勢いよくカーテンを引く。天井もろとも、ようやく真っ暗になった。
5月にしては、肌寒い。裸の体を抱えるように腕を組むと、また、そろそろとベッドに戻った。
「……何時?」
少しぼんやりした鼻声であいつがまた聞いた。
「ああ、2時……過ぎ……くらい?」
「……早いの?」
「ん?」
「明日……バイト?」
「ああ、まあ――うん」
早番だった。といっても11時開店の飲食で、仕込みがある厨房とは違い、ホールスタッフは、10時出勤でよかった。ここからなら9時過ぎに出れば十分間に合う。
いつもはそうしていた。
「一回アパート戻るわ――」
そんなつもりもなく泊まってしまうことが、なんだか増えている。昨日と同じ服。「――着替えたいし。だからいつもより早めに出るよ」
言いながら、あいつに背を向けるように寝返りを打った。その背にあいつがくっついてくる。
「何?」
ときくと、あいつは少し不本意そうに
「“何”ってことないだろ?」
とつぶやいている。
一つ軽くため息をつき、目を閉じた。
あいつの手が、僕の太ももあたりをなで始める。
「なんだよ?」
目を閉じたまま聞く。
「なあ……」
くぐもったままの声が背中にやんわりと響く。
「もう一回……やんない?」
僕はもう一度ため息をついてみせ、
「“やんない”」
と、軽く身を縮める。
「ダメ?」
「ムリ」
「なぁあ――」
あいつは耳元でささやきながら、身体をさらに寄せてきた。僕は、それをかわすように少し身をよじる。あいつがまた寄る。かわす。
そんなことをしばらくやり合ううち、あいつは少し迷いながらもゆっくり手を引き、“ちっ”と舌打ちすると、大げさに寝返りを打って背を向けた。
とはいえ狭いベッドだ。その背中はまだ僕のに少し触れている。眠気も確かにあったけれど、身体に高ぶるものがないではなかった。また一つ寝返りを打てば、お互い悶々とせずにすむ。別段、明日寝不足になろうとどうってことはなかった。でも、
”キス、何度目だ?”
僕は、思い出せないことがあるみたいな、もやもやした気持ちのまま、真っ暗になった部屋を、またいつの間にかじっと見つめていた。
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