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 あいつとは同級生だった。それもずっと昔の、中学のときで、しかも同じクラスになったことは一度もなかった。 中3の春。僕は音楽に夢中で、念願だったギターを手に入れると、クラスの仲間とバンドを作ることにした。 「歌、すっげーうまいって」 「誰?」 「2組の高井圭太」 「誰?」  見かけたかすれ違ったことがあったかもしれない、程度の認識しかなかった。引き合わされたあいつは、野球部で、坊主頭、黒目がちの目が、好奇心いっぱいの子供みたいにきらきらしていた。  あとはどうだったかな。  ああ、でも歌は本当にうまかった。普通に話す声は、特に特徴があるわけじゃないのに、歌うとすこしファルセットがかかって甘い。  人気のなくなった晩春の校庭の片隅で、男ばかり4人、車座に座った真ん中に立って、あいつは歌った。  ♪もう行かないで、そばにいて     窓のそば、腕をくんで   雪のような星が降るは   素敵ね  昔の歌謡曲か何か、ふられる女の子の気持ちが、あいつの涼やかなファルセットにのせられて、凛と僕らの胸に響いた。  でも結局、バンドの話は受験もあってうやむやになり、僕のギター熱も半年も持たずに消えていた。あいつ、圭太ともあの校庭後、数回会ってそれきりだった。  再会したのは、ほんの数ヶ月前のことだ。全くの偶然だった。    雪の降り出した夜だった。僕は、完全に出遅れた就活中で、数日前に面接した会社からも、いわゆる”お祈りメール”、不採用通知を受け取ったところだった。  駅の角々にはストリートミュージシャンたちが歌っていて、寒いのにご苦労なことだ、とうまくいかなかった面接の腹いせのように、僕は冷ややかに見て、通り過ぎようとした。  ♪もう行かないで、   そばにいて――  え⁉  と僕はとおりすぎかけたミュージシャンを振り返った。  金色に染めた髪を短く刈り、いくらか大人びた顔の、でもあの好奇心にきらきらとした黒目がちな瞳と、甘く、胸の奥に響いてくるのびやかなファルセットはそのままで、あいつが歌っていた。  小雪混じりの寒い中、それでも結構な人だかりだ。  歌い終わると、その曲で最後だったのか、ありがとうございました、と手馴れた調子で客に声をかけ、何人かが、小銭をギターケースに投げている。  僕は少し離れたところから、声をかけるでもなく、ぼんやりそんな様子をみていた。 「幸裕?藍田幸裕?」  声をかけてきたのは、あいつの方だった。    

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