2 / 19
②
あいつとは同級生だった。それもずっと昔の、中学のときで、しかも同じクラスになったことは一度もなかった。
中3の春。僕は音楽に夢中で、念願だったギターを手に入れると、クラスの仲間とバンドを作ることにした。
「歌、すっげーうまいって」
「誰?」
「2組の高井圭太」
「誰?」
見かけたかすれ違ったことがあったかもしれない、程度の認識しかなかった。引き合わされたあいつは、野球部で、坊主頭、黒目がちの目が、好奇心いっぱいの子供みたいにきらきらしていた。
あとはどうだったかな。
ああ、でも歌は本当にうまかった。普通に話す声は、特に特徴があるわけじゃないのに、歌うとすこしファルセットがかかって甘い。
人気のなくなった晩春の校庭の片隅で、男ばかり4人、車座に座った真ん中に立って、あいつは歌った。
♪もう行かないで、そばにいて
窓のそば、腕をくんで
雪のような星が降るは
素敵ね
昔の歌謡曲か何か、ふられる女の子の気持ちが、あいつの涼やかなファルセットにのせられて、凛と僕らの胸に響いた。
でも結局、バンドの話は受験もあってうやむやになり、僕のギター熱も半年も持たずに消えていた。あいつ、圭太ともあの校庭後、数回会ってそれきりだった。
再会したのは、ほんの数ヶ月前のことだ。全くの偶然だった。
雪の降り出した夜だった。僕は、完全に出遅れた就活中で、数日前に面接した会社からも、いわゆる”お祈りメール”、不採用通知を受け取ったところだった。
駅の角々にはストリートミュージシャンたちが歌っていて、寒いのにご苦労なことだ、とうまくいかなかった面接の腹いせのように、僕は冷ややかに見て、通り過ぎようとした。
♪もう行かないで、
そばにいて――
え⁉
と僕はとおりすぎかけたミュージシャンを振り返った。
金色に染めた髪を短く刈り、いくらか大人びた顔の、でもあの好奇心にきらきらとした黒目がちな瞳と、甘く、胸の奥に響いてくるのびやかなファルセットはそのままで、あいつが歌っていた。
小雪混じりの寒い中、それでも結構な人だかりだ。
歌い終わると、その曲で最後だったのか、ありがとうございました、と手馴れた調子で客に声をかけ、何人かが、小銭をギターケースに投げている。
僕は少し離れたところから、声をかけるでもなく、ぼんやりそんな様子をみていた。
「幸裕?藍田幸裕?」
声をかけてきたのは、あいつの方だった。
ともだちにシェアしよう!