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⑲
「グアム?」
僕は声を上げて聞き返していた。といっても、ハウスミュージックが大音量でかかるクラブの喧騒の中じゃ大したことはなかった。
「……とかどっか、暑い国。ハワイだったかも……」
セイくんも同じように声を張って答える。彼は、圭太がバイトしてるクラブのDJの一人で、出番が終わってフロアに降りてきたのを見つけて声を掛けた。
「いつから?」
「いつだっけな……。先週はあいつここで回して、で、そんときに旅行の話したんだよね。1週間っつっても正味3泊でとか……ああ、土曜から行くって――」
とセイくんは、大声で言いながらもボーカルの入ったジャズテイストな曲に体を揺らしている。
「”土曜から”ってことは今日か明日には帰ってくるってこと?」
「まぁ、そういうことなんじゃない。あ、そいえば――」
そこでセイくんは踊るのをやめ、ちょっとにやける。
「女と一緒のはず」
一瞬、周りの音が消えた気がした。
「へぇ……」
ただ、低音のベースのリズムだけが僕の体をズンズンと容赦なく叩いていた。
「……女」
セイくんが”聞こえない”というように僕に耳を寄せた。
「”女”‼!」
その耳元で、僕は目いっぱい叫んだ。セイくんは今度は”聞えるよ!”とでも言うように顔をしかめて、ちょっと耳を覆う。
「よく知らない。でもこの頃、メッチャあいつはじけてて、女の子サクサクお持ち帰りしてたし……本命、見つけたんじゃん?」
「でも、あいつ、彼女いたろ?」
セイくんは、はあ?と言う顔をすると、
「いつの話?とっくに分かれてるよ」
と笑った。
分かれてる?
――なんか、熱いもん感じなくなってる
再会した当初に聞いていた彼女とは、あまりうまくいってないらしくはあった。そう言えば、あいつが彼女の話をしたのはあれきりだったかもしれない。でもそれは僕も同じで、あの夜以来、あいつに彼女とのことを話したことはなかったと思う。
「おまえら、何かあった?」
セイくんが、ちょっと怪訝そうに僕を見ている。「どうした?前は、”おまえらつきあってんのか!?”っつうぐらい一緒にいたじゃん」
冗談だってわかっていても、ひどくばつが悪い。
僕はちょっと笑って首を振る。
「俺、就職したりして……その、ちょっとすれ違ってるっていうか……」
連絡を取ろうと思えばいくらでも手段はあった。ただ、別れよう、と僕から言った手前、どう連絡を取ったらいいのかわからない。正直、あいつのことだから、またけろっと”エッチしようぜ”とか言ってくるんじゃないかと、僕はどこかで思っていた。それがあの夏の日きり、あいつから連絡は一切ない。せめて、あいつの歌でも、またこっそり聴こうと久しぶりにいつもの駅前に行ったのだが、
「あいつ、この頃、街でも歌ってないみたいでさ――」
それもあって、今夜、思い切ってクラブに来てみたのだ。
セイくんは、まだ幾分不信そうに”ふーん”とあいづちを打った。
メローなテンポの曲調がふいにアップテンポに変わった。ヒュー!とフロアで歓声が上がったところで、セイくんは思い出したようにまた声を張った。
「あ、そうだ。幸裕、結婚するんだって?」
僕はちょっと驚く。そんなこと、まだあんまり人に話してはいない。
「いや、結婚はまだ……つか、誰からそのこと――」
「圭太から」
僕の体を叩いていたベースの音が内臓を貫いたような気がした。
「あれ?違ったか……。ま、でも、あいつも知ってるはず。俺、”どう思う?”って圭太にきいたからさ。あいつは”結婚とかわかんね”って言ってたけど。それより、なぁ、聞いてくれよ――」
セイくんは、まだなんか話していたけれど、もうよくは聞いていなかった。
それから、僕はクラブの喧騒の中、夜中過ぎまで飲んで、そして、ふらふらっと、あいつのアパートに向かった。
寝静まってどこも真っ暗な中、温かみのあるアパートの玄関灯だけがぽつぽつと浮かんでいる。しばらくぶりだったのに、そんな時間がたった気がしない。アパートは、あの、三日とおかず行き来した頃からの続きのままあった。
あいつの部屋にも明かりはついていない。グアムだか、どこかからまだ帰ってないのか、もう寝てしまっているのか。
なんだか定まらない気分のまま、あいつのアパートを見上げていた。
”女と一緒”
セイくんの言葉が不意に浮かんだ。急にふらついたようになって僕は目を覆う。クラブでむやみに飲んだジンが今頃足にきた。
そんなふらつく足が、今度は、2階のあいつの部屋の前まで、僕をふらふらと連れて行く。
あいつの部屋にはチャイムがない。コツコツとドアを叩いてみた。返事はない。もう一度叩いてみる。同じだった。
「圭太……」
思わず小声で呼んでいた。やはり反応はなかった。
なんだかひどく疲れた。足がもつれて一瞬ぐらっとなった途端、僕はそこにへたり込んでいた。そして、ドアにもたれたまま、もう一度”圭太”と呼んだ。
返事はやっぱりなかった。
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