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第66話 遠ざかる

新しい眼鏡は、ピントがちゃんと合っているはずなのに 彼の顔がぼやけてみえた。 「....先輩熱ある」 「え..?ああ..そう、かなぁ」 硝子は彼の手から逃げるように歩き始めた。 一歩歩くたびに消えてしまいそうなほどふらふらとして すぐ恭介に捕まえられてしまう。 「帰ったがいいと思う、送って行きますから」 「大丈夫だよ..」 帰るなんてとんでもない。 硝子は首を振ってなおも進もうとしたが、突然恭介に担がれてしまった。 「い、いずみくん..?何して...」 「いうこと聞かないなら拉致する」 「へ...?何言って....」 恭介は硝子を抱えたままくるりと方向転換し、歩き出す。 あと少しで学校だったのに、遠ざかる校舎を彼の肩に担がれたまま呆然と見ていたが やがて硝子はとんでもない事態になっていることに気付き、焦って彼に降ろしてもらおうと暴れる。 「や、やだ..離していずみくん..っ学校、休んだら....」 休んでしまったら。 泣き出しそうになっているが恭介はびくともせず だんだん暴れる力もなくなり、彼の背中の服をぎゅっと握りしめて必死に抗議していた。 「なんで....」 ぐらぐら揺れる視界の中、アスファルトが水面のように歪み そこから女性が現れた。 人魚のように濡れた髪を滴らせながら、女性は硝子に顔を近付け両手で頬を掴んでくる。 「恥知らずめ」 女性は歪んだ笑顔のままそう言い放った。 ああ、これは、母親の清子だ。 そう思いながら硝子はぽたぽたと溢れる涙の中、 溺れるように気を失った。

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