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第2話
『フェアリーナイト-契約の巫女-』は異世界の大帝国が舞台のファンタジーラブストーリーだ。
主人公は小さな田舎町出身の肩より少し長い茶髪の少女、マリー。
両親がマリーに対してとても過保護で、子供扱いするからもう18歳で子供じゃない事を証明するために大帝国で一人暮らしを決めた。
馬車から降りて、大きな荷物を抱えて大帝国の広さにとても驚いた。
狭い世界しか知らなかったマリーにとって大帝国はお空の上のような存在だった。
一歩進むだけで年頃のマリーにとって、とても惹かれる魅力的なお店が並んでいた。
甘い匂いがマリーを誘い、足を止めてしまい肩に重い衝撃が走った。
誰かとぶつかったのだと分かる前に、ぶつかってきた人がマリーの服の襟を掴んできた。
眉間にシワを寄せて筋肉質のゴツい男がマリーを見た瞬間、イラついていた顔がニヤニヤといやらしい顔に変わっていった。
身の危険を感じたマリーは必死に抵抗するが、細い腕では抵抗らしき抵抗も出来る筈はなかった。
周りの人達は遠目で見るだけで、関わりたくないからか誰も助けてくれる気配はなかった。
せっかく憧れの大帝国にやって来たのに、こんな事なら町から出るんじゃなかったと…後悔と絶望で頬が涙で濡れた。
ごつごつしたいやらしい男の手が動こうとした時、横から別の手が男の手を掴んだ。
そして捻り上げるようにマリーから男の手が剥がされた。
『いてぇっ!!何するんだっ!!』
『何をしているんだ』
氷のように冷たく美しい声が、男の怒鳴り声と共に耳に響いた。
鮮やかな青黒い髪が揺れて、漆黒の瞳がマリーを映していた。
彼は幼少期の頃、田舎町と大帝国の中心にある森に迷い込んだマリーを助けてくれた男の子にとてもよく似ていた。
その出会いが、マリーの人生を大きく変える出来事だとその時は誰も思わなかった。
それが、妹が貸してくれたゲームのオープニングのストーリーだった。
マリーはその後、元々住み込みで働く予定だった店が経営難で倒産している事を知った。
働く場所どころか住む場所もなくなり途方に暮れた時、使用人募集の張り紙が壁に貼ってあったのを見つけてエーデルハイド公爵家のメイドになる事を決意した。
攻略キャラクターは五人で、マリーの初恋相手の帝王直属の王立騎士団長カイウスとカイウスの兄でカイウスに劣等感を抱いている副騎士団長のユリウス。
カイウスに憧れる騎士のハイドレイ、女好きな帝王の第三王子のカイトとマリーの先輩メイドの女装少年ローズ。
妹が家に帰ってからも、暇を見つけてはゲームをしていた。
いつ退院してもいいように勉強をしながらゲームを進めていた。
文章もしっかりと作り込まれていて、イラストも女の子が好きそうなイケメンが沢山出てきていた。
その中でもカイウスルートが特殊で、ハッピーエンドバッドエンドの他に、全員攻略しないと行けないトゥルーエンドが存在していた。
カイウスは他の攻略キャラクターとは違い、魔術が使える最強のキャラクターだった。
魔法がない世界で、カイウスは伝説の存在とされている精霊の加護を受けていた。
神から与えられた力だとカイウスを崇める人達が大勢いた。
精霊の加護は良い事ばかりではなく、時にはカイウスの身体を蝕む事があった。
目の前で苦しむカイウスを助けたいと願う、マリーの言葉を聞き入れた精霊王はマリーと契約を結び、カイウスがもしも精霊の力に呑み込まれそうになったらカイウスを助けられる唯一の巫女になった。
それが契約の巫女というゲームタイトルの話と繋がる。
カイウスはどんなに周りから持ち上げられたり、崇められても魔力に頼ってばかりではなかった。
剣の達人で、魔法がなくてもカイウスはとても強いキャラクターだった。
冷淡な見た目で無表情だからか誤解されやすいが、いいところもいっぱいあった。
優しくて強くて、男らしいカイウスが攻略キャラクターの中で一番好きだった。
あくまでも男として、憧れるという意味で惹かれていた。
ゲームのキャラクターなんだけど、ほとんどのルートを終えてそう感じていた。
妹も「カイ様は人気投票一位の大人気キャラクターなんだよ!」と鼻息荒くして興奮した様子で話してくれた。
カイ様とは、ファンの間での愛称だった…ゲーム内でもマリーや他の親しいキャラクターにカイと呼ばれていた。
後はカイウスのトゥルーエンドだけが残されていた。
妹にその事を話すと「カイ様のトゥルーエンドは超泣ける!」と言っていた。
ハッピーエンドもいい話だったけど、もっと上なのか、楽しみだな。
妹が見舞いに来る時はゲームの話で盛り上がっていた。
俺は未だに退院する気配がなく、17歳の誕生日を迎えたある日の事だった。
「うっ、ぐっ……はぁはぁ」
月日を重ねると息が苦しくなる時間が長くなっていき、おさまりにくくなっていった。
ベッドに爪を立ててシーツを握りしめて、痛みに耐えていた。
ベッドの枕元付近に置かれたナースコールに手を伸ばして、強く握りしめた。
すぐに医師達が駆けつけてくる足音は聞こえたが、見る余裕はなかった。
無機質な電子音が耳にこびりついて離れそうにない。
まだ昼間でカーテンの向こう側から射し込む光がだんだんと失われていった。
視界も狭まり、ゆっくりゆっくりと目の前が真っ暗になった……これが死ぬという事なのだろう。
ゲームのトゥルーエンドはまだ未プレイでどうなったのか分からない。
苦しい、まだ…生きたいのに、人前で歌いたいのに…やりたい事がいっぱいあったのに…どうして…俺なんだ……
結局、癌は治る事はなく……苦しんで苦しんで…生涯を終えた。
あんなに良くしてくれた家族にありがとう…と一言言えたら良かったのに…
今日は俺の誕生日だからと、妹が学校が終わる頃の夕方に来る予定だった。
それは余命通りだったのか、突然の死だったのか今の俺には分からない。
両親は知っていたのだろう、だけど俺の前では明るく振る舞っていた。
時々引きつっている笑いをしていたが、その意味を余命を聞いていたからだったんだと今なら分かる。
妹は嘘が下手な性格だから、きっと何も知らないのだろう。
ゲーム、ありがとうな…きっと…ずっとあのゲームの事は忘れないよ。
生まれ変わったら、今度こそ夢を叶えたいと強く願った。
生前家族に恩返し出来なかった分、俺の歌で一人でも笑顔に出来たなら…
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