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カイウスの話1
カイウス・エーデルハイド、生まれた時から決まっている名だ。
その名に不満を持った事は一度もない、公爵家だが誇り高き騎士の一族でもある。
代々帝国王に忠誠を誓う王立騎士団に所属している。
俺も生まれる前からその事を約束されていた…ただ、一つだけ想像していなかった事があった。
それは、俺が普通の人間として生まれなかった事だ。
物心ついた時からその場にはいない筈の人の声が聞こえていた。
あれは人の声ではない、俺の周りには常に緑色の羽根をはためかせている手のひらサイズの小さな精霊がいた。
本の神話でしか見た事がなかった伝説の生き物が見える。
でも、それが見えるのは俺だけで周りの人達は誰も精霊が見えなかった。
最初は俺が嘘を付いていると思われたが、両手に沸き上がる強い力を感じてそれが制御出来なかった。
身体中から風を巻き起こして、棚の本を床にぶちまけてベッドを切り刻み…綿が宙を舞っていた。
窓ガラスが床に散乱して自分の部屋をめちゃくちゃに壊してしまった。
俺には普通の人とは違う、精霊の力があるとその場にいた誰もが認めていた。
神の子の誕生だと、恐ろしいほど強い力に恐怖する事もなく喜んだ。
その理由は遥か昔にエーデルハイド公爵家に精霊の加護を受けた騎士が帝国の英雄となった話があるからだろう。
精霊の力は神秘で、決して恐ろしいものではないと教えられていた。
でも、初めて力が暴走して以来…自分の意思とは関係なく頻繁に力のコントロールが出来ず暴走してしまう。
成長すると共に、だんだんとコントロールが出来るようになるだろう。
少しの辛抱、少しの辛抱…とずっと心の中で言い聞かせていたが全身に力が廻り吐き気と頭痛と目眩に襲われた。
辛く苦しくて、いつもベッドの上でうずくまり耐える事しか出来なかった。
精霊が心配そうに周りをぐるぐると回っていたが、魔法が使えても治癒の魔法はなかった。
魔法が暴走する時は決まって身体の何処かが異常に反応して、精霊の加護は身体の一部に宿ると言われている。
俺の場合は、それが瞳の色が真紅に染まる事だった…だから自分でコントロール出来るまで布で瞳を覆って力を抑える事にした。
前が見えなくても精霊の気配が導いて視界になってくれるから不自由はしない。
6歳の頃から力を抑えていたから、6歳から俺は外の世界を知らない。
精霊にいつも世界の事を聞いていた、世界はとても広い…
俺はこの国で唯一の魔法使いで、いろいろと利用して悪巧みをする大人が多い。
俺の力を使えばこの帝国を我が物に出来るだけじゃなく、何でも思い通りにする事が出来てしまう。
力がコントロール出来なかった時は、誰一人として近付く事は出来なかったが今は目を防いで封印している。
目の見えない俺を誘拐する事は容易いだろう、今まで何度そんな目に遭っただろうか。
精霊自ら力を出す事は出来ないが、俺に知らせる事は出来る。
俺は魔法が使える事以外は普通の子供だ、抵抗してもたかが知れている。
魔力はコントロール出来ない内に使う事はしたくなかった。
狭い袋の中に身体を押し込められて、暴れても全くびくともしなかった。
その袋は頑丈に別の箱に入れて運ばれていると精霊に聞かされていた。
精霊は普通の人の目に見えないが、触れる事は出来て…俺が入っている箱を押して、男の手から逃れ荷台ごと倒れた衝撃で俺が入った袋が飛び出した。
勿論、人がいる前でそういう行動をとってくれて動く袋を不審に思った使用人が誘拐犯の止める言葉を無視して袋を開けた。
いつもそれで俺は助かっている、それが一度ではないから両親の心配する気持ちがよく分かる。
だから警備を強化して、俺が自ら部屋を出る事も許されなくなった。
8歳の頃、俺の誕生日パーティーが開かれて両親は誇らしそうに俺の自慢話をしていた。
もう既に周りは俺の力を知っていたし、誘拐事件も発生していたが俺が怖い思いをして塞ぎこまないようにと両親の優しさで盛大に祝われた。
貴族を集めてのパーティーだから人目があるところで誘拐はしないだろうと思っての開催だが、一応俺の横には父が信頼している兵士が付き添っている。
周りの大人達は英雄の生まれ変わりだと俺を上辺の世辞で褒めていた。
こんな苦しくて、人を傷付ける事しか出来ない力のなにがいいんだと理解出来なかった。
俺なんかより、兄の方がずっと優秀で英雄になれる存在だと誰も気付いていない。
剣術では一度も勝てた事がない、人を守る力がある兄が羨ましかった。
次期騎士団長、父の後を継ぐ最有力候補なんだ…俺が父の次に尊敬する人だ。
俺と同じくらいの年齢の女が沢山寄ってきて個々でアプローチをしてきた。
その中でも、いろんな女を蹴散らして俺にすり寄る女がいた。
確か彼女はいろいろと黒い噂が絶えないが、尻尾を見せないから騎士達が要注意人物として見張っている伯爵家の娘ではなかっただろうか。
さっきローベルト卿と一緒にいたところを見ていたから多分間違いないだろう。
何故そんな一族を両親は呼んだのか分からないが、古くからの知り合いだからだろうか。
でも俺はローベルト卿を好きにはなれなかった、なんでだろうか…心がざわついて離れなかった。
精霊達もいい感情を持っていないようで、好きにはなれそうにない。
その不気味な夫婦の娘を好きになれるわけがなく、嫌悪感が勝った。
誰に言い寄られても興味がなさすぎて、とても退屈な誕生日パーティーだった。
俺と結婚して、俺の力がほしいんだろ…お前らの両親がこっちをチラチラ見てる事にとっくに気付いてる。
結婚するなら心から好いた女としたいものだ、俺がただの人間だったとしても好きでいてくれる相手と…
そんな相手いるのか、夢物語ではないのかと下心が透けて見える女達を見て思う。
それはある日の出来事だった、部屋で目を覆う布を直している時に精霊が肩に乗って内緒話のように声を掛けてきた。
「え?綺麗な歌声の子?」
精霊は頷くように俺の周りをぐるぐると回っていた。
歌か、精霊の声を聞くためにそういう音は聞かないようにしていた。
でも精霊がこんなに絶賛するなんて、一度くらいなら聞いてみたい。
退屈だった俺の世界が少しでも開ければいいなと思った。
とはいえ、俺の部屋の周りの警備は今もまだとても頑丈で簡単に逃げ出せない。
誘拐されたのは何も知らなかったあの頃の話だ、今は違う。
俺はもう10歳で、剣術稽古も目が見えない中完璧に相手を見極める事が出来る。
魔力もまだ少し不安定だが自分で抑える事が出来るようになっている。
完全に魔力をコントロール出来てから目の布は外したいから、まだこのままにしているだけだ。
今ならどんなに屈強な誘拐犯でも負ける気は一切しない。
心配性な両親はまだ俺を外に出してくれないだけだ。
もう退屈な世界は飽きた、もっと広い世界を見てみたい。
部屋のドアには二人の兵士がいる、行くなら窓からがいいだろう。
窓まで歩いて、開くと涼しげな風が全身を包み込むように吹いていた。
ここは三階だ、普通の人間なら骨折は免れないだろう。
俺は完璧に抑えられた風魔法を使って降りる事にした。
初めて暴走した風魔法、俺にとっていろいろと思い出深かった。
下に誰もいないか精霊に確認してから地面に手を伸ばして力を込めた。
布は外さずに、少し緩めに結び直して布の中で小さく目蓋を開いた。
目を完全に開いたらまだ不安定の力は暴走しかねない。
風が吹いて、下に飛び降りるように衝撃もなく着地した。
まだ家の敷地内だから油断せず、急いで庭を抜けた。
食事に呼びに来るのは17の刻(午後5時)だから、その前に部屋にいればいい。
まだたっぷり時間はある、今日その歌声の子がいるか分からないが思い付いたらすぐに行動するのが俺の性格だった。
精霊に周りの状況を聞きながら、走って庭を…街を抜けて精霊の住む森に向かった。
俺の事は何処から漏れたのか、もう既に神の子だと皆認識しているから青い髪だとバレると大きな布を頭から被って隠していた。
布をヒラヒラとはためかせて、精霊の道しるべのもと走り続けた。
あの森は精霊が住んでいるが、それと同時に魔物も住んでいるのだと道中に教えてくれた。
だから常に剣術の稽古で使っている愛用の木刀を腰にぶら下げて準備は万全だ。
森まで誰にも呼び止められなくて、良かったけどまだ警戒心を解けない。
今度は魔物がいつ襲い掛かってくるか分からないから神経を研ぎ澄ませながら森の中を進んだ。
何度か魔物の雄叫びが聞こえて、そこの道を避けながら進んだ…戦闘は体力が消耗するから出来れば避けたい。
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