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第6話
気持ちよく歌い終わり、目蓋を開けた。
すると俺の目の前でパチパチと拍手をする人の姿が見えた。
こんなに間近で見ているのに、その人の全身が視界におさまっていた。
パタパタと背中に付いている羽根が緑色に光り、パタパタと揺らしていた。
これはどう見ても蛍ではなく、ゲームで見た精霊そのものだった。
小人のような身長に、ふわふわとしたドレスを身にまとっている。
この子達は古代に絶滅したと思われていた精霊達だ。
でもカイウスが生まれ、精霊の加護をその身に受けて精霊が見える事から精霊はまだいると歴史を改めた。
だから精霊がいるのは不思議ではない、不思議なのは何故俺は精霊を見る事が出来るのだろうか。
ヒロインのマリーでさえ見る事は出来ない、勿論ゲームのライムだって例外ではない。
俺がこんなにはっきり見えるから、精霊じゃないと思っていた。
迷いの森はいろんな生物が暮らしているから、精霊もいるとは思うしそれだけだと不思議ではない。
なんで見えるのかはよく分からないが、ゲームのメインキャラクター達には会いたくはないが精霊ならまぁいいかと思えてきた。
カイウスとマリーの幼少期イベントは大きな岩の広場ではないから、ここにいれば間違っても会う事はないだろう。
今まで無意識とはいえ精霊がいたおかげで魔物に襲われずに今も生きている。
精霊に地面まで持ち上げて降ろしてもらい、精霊に手を振ってその場を後にした。
精霊が一番集まるこの場所で寝泊まりすれば安全は確保されるだろうが、精霊の安らぐ空間で歌わせてもらうだけで十分だ。
精霊に愛されたカイウスとは違い、俺が居たら精霊達が安らげないだろう。
今日の寝る場所を探すために歩き出した。
「………ふぅ」
今日も精霊達に練習を付き合ってもらい、気持ち良かった。
もう空がオレンジ色に染まり始めて、早く今日の寝床を探さないといけないなと精霊達に下まで運んでもらおうとお願いしていた時だった。
ガサガサと大きな草が揺れる音が響いて驚いて「誰だっ!?」と声を出した。
精霊がいるから安全とはいえ、何故精霊のおかげで魔物が来ないのかまだ分からない…魔物が来る危険性もあると考えている。
だからとうとう魔物が来たと心臓が飛び出そうになるほど驚いた。
音がした方向に集中して見つめていたが、誰もこちらにやって来る気配はない。
ただの風だったのだろうか、いや…さっきは草が音を立てるほどの突風は吹いていなかった。
精霊に地面まで運んでもらい、一応確認のために揺れた草が生えている場所に向かって歩いた。
草を掻き分けて確認するが、そこには誰もいなかった。
そんな不思議な現象は三日連続で続き、さすがの俺も何も考えなしではなかった。
いつもいるお馴染みの大きな草にその人物がいつも通り現れた。
俺はいつも通り精霊に降ろしてもらっていると時間が掛かり取り逃してしまうから、今日は自分から降りる事にした。
大丈夫だ、衝撃を和らげるために地面に沢山落ち葉を敷き詰めたんだ……かき集めるの大変だった。
ずっと誰が覗いているのか気になって気になって、その事ばかり頭を埋め尽くされていき…いい加減うんざりしていた。
今日こそは絶対に逃がさないぞ!魔物だったら全力で逃げよう!
そんな事を呑気な頭で考えて岩から飛び降りた。
すると急に強い風が吹き乱れた……とても最悪な偶然だった。
森は天気が変わりやすいと生前誰かが口にしていた…本当にその通りだ。
人を吹き飛ばす力はないとしても、軽い落ち葉はすぐに拐われてしまう。
地面に激突したら、まず無事では済まないだろう…骨の一本二本は覚悟しなくてはいけない。
頭だけは守ろうと両腕を前に突き出して、歯をぎゅっと食い縛る。
優しい風が頬を撫でたと思ったら、重かった重力が消えて代わりにふわりと全身が浮いたように感じた。
感じたというか本当に身体が浮いていた、なんでか一瞬理解出来なかった。
精霊が助けてくれたのかと周りを見渡すと、ある場所で時が止まったかのように動きを止めた。
青い髪が風に揺れて、真っ白な布をはためかせていた。
俺は、その男をよく知っていた…きっと今の本人よりもずっと…
カイウス・エーデルハイド、エーデルハイド公爵家の次男で神の子と言われているメイン攻略キャラクターだ。
ひらひらと風に乗った落ち葉が頭の上にいくつか舞い落ちたが、それに構っている余裕はなかった。
急いでこの場所を離れないと、頭ではその事ばかり埋め尽くされていた。
ジリジリと後ろに後退ると、地面に落ちた落ち葉を踏んで乾いた音が響いた。
カイウスが一歩踏み出してこちらにやって来ようとしていたから、走って逃げようと足を踏み出した。
なんでこっちに来ようとしているのか本当に分からない!怖い怖い!
「あっ!」と少し高い声が耳に届いたら、鈍い音がした。
カイウスは怖いが恐る恐るカイウスがいた方を見ると、正面から地面に倒れていた。
攻略キャラクターのカイウスと関わったら、ゲーム通りに死んでしまうかもしれない。
キャラクターの名前や容姿などがそっくりな世界なんだ、ゲーム通りの人生になっても変ではない。
だから俺は関わりたくないんだ、俺さえ関わらなければ俺がカイウスを怒らせて死ぬ事はない筈だ…妹だって助かる。
頭ではそう思っていても、何故か身体は俺の言う事なんて聞く気はなかった。
倒れたカイウスの腕を掴んで、支えて立たせていた。
大丈夫だ、俺が喋らなきゃカイウスと万が一城下町ですれ違っても俺だって気付かないだろう。
ゲームではライムとカイウスは幼少期に出会っていない、だからきっとこの事もすぐに忘れるだろう。
カイウスの目は細長いハチマキのような布で覆われている。
産まれてからずっと精霊が見えるカイウスは、目に精霊の影響を受けやすく…精霊の力が制御出来ない幼少期の頃はすぐに体調不良になるからこうして目隠しをしていた。
幼少期のカイウスは耳で全てを聞き、精霊の気配を感じる事でしか世界を知らなかった。
マリーとのエピソードでもこの森に入った理由が精霊に誘われて来ただけで、他意はない。
だから喋らなきゃカイウスは俺だと認識出来ない筈だ。
最初の頃声を出してしまったけど、あれはカイウス…じゃないよな…ゲームの幼少期ではマリーと出会ったあの一度きりしか森に行っていない。
何度も来る意味が分からないし…きっと今日が初めて森に来たのだと思っておこう。
落ちた俺を助けてくれたのはカイウスの魔法、なのかな……じゃあ俺が助けておあいこだな。
カイウスの真っ白で高そうな服は土まみれになっていた。
軽く叩いて土を払っていたが、カイウスの手のひらに血が滲んでいた。
きっと受け身をとろうとして、怪我をしたのだろう。
でも救急セットは持ってきていないから手当てが出来なかった。
持っているのは、俺の手の甲の紋様を隠す布だけだ。
止血ぐらいにはなるかと、布をほどいてカイウスの手のひらに結んだ。
ただの応急措置だから早く家に帰って、ちゃんとした手当てしてもらえと心の中で思った。
もう用事も終わったし、さっさとこの場から離れたくてカイウスに背を向けた。
しかし、一歩踏み出そうとしたが足が動かなかった。
不思議に思い、足元を見るが特に何も変な事はなかった。
足ではないならいったい何処だ?と身体を見渡すと服がピンッと伸びていた。
なにかに引っ掛かったのか、伸びた服を引っ張るが全然びくともしなかった。
それはその筈だ、引っ掛かったのではなく服を掴まれているから伸びていた…カイウスに…
「ねぇ!名前、俺の名前はカイウス!君は?」
「……っ」
名前、名前なんて言ったら関わってしまう……カイウスはなんでそんな事を知りたいんだ?
助けてもらったからお礼とかしてくれるのだろうか、カイウスには悪いが…お礼というならもう関わってほしくない。
俺はどうすればいいのか、どうしたら正解なのか頭を抱えた。
振り払って逃げればそれで解決だ、でも俺には出来なかった。
カイウスは俺に嫌な感情は抱いていない、このゲームの世界で転生してから疎まれて暮らしていた俺にとって、精霊以外でこうして接してもらうのは初めてだった。
それにゲームのライム死亡エンドだって、カイウスが悪いわけじゃない…ライムがカイウスを怒らせたのが悪いんだ。
カイウスに罪はない、だからカイウスを無視して逃げる事が出来たのにカイウスが転んでほっとけなかった。
でも俺はカイウスに名前は名乗れない、カイウスが俺の服を握る手を掴む。
カイウスの手の力が少し抜けると、その瞬間に離れた。
何もなくなったカイウスの手は探すように伸びていた。
悪いなカイウス、友達にはなれないんだ…俺とお前は関わってはいけないんだ。
カイウスに背を向けて、歩き出した。
もうカイウスが来る事はないだろうし、俺ももうそろそろ城下町に向かって荷台の中に忍び込む準備をしないといけない。
ずっとこの森には居られない、早く大帝国から離れて田舎村に行ってひっそりと暮らしたい。
あれからかなりの日数が経ってるからもう屋敷の人達は俺を探していないだろう。
悪魔の子で恥さらしで、のたれ死んでも気にするような人達ではない。
それに今の俺はローベルト家の息子だと証明するものは何も持っていない。
俺をずっと監禁していたから、屋敷の人間以外誰も俺の事を知らない。
だから今の俺がいなくても必死になって探すほどではないだろう。
そう思って、荷物を置いていた場所に戻り抱えて運んだ。
今までお世話になった精霊達にお礼を言って、精霊達に導かれるまま森の外に出た。
来た道に戻り、屋敷がすぐそこにあったから警戒しながら城下町に向かった。
今の時間帯は人の通りが多くて、人混みに紛れ込む事が出来た。
悪魔の紋様の手の甲はむき出し状態だから、片手だけズボンのポケットに手を突っ込んでいる。
荷台はどっかの旅人や商人が利用している事が多い。
なら宿屋の近くに停めている可能性があると、まずは宿屋を探した。
後ろで誰かが見ている事も知らずに……
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