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第1話

「アンナ、指名だ」  吉井アンナは、事務所兼待機所である店のソファでウトウトと舟を漕いでいた。  名を呼ばれて覚醒すると、 「俺?」  眠たそうな奥二重の目を目一杯見開き、マネージャーに尋ねた。 「初めての客だ。指名って言っても、空いてたのがおまえかルイしかいなくて、おまえにするって」 (指名、十日振りだな)  アンナは男専用のデリヘルボーイだ。  この世界に入って三年。今年二十一歳になる。アンナはオランダ人の父親を持つハーフだ。父親の血を濃く受け継いだアンナは、透き通るような白い肌と肩まで伸ばしたブロンドの髪、そして美しいグレーの瞳をしていた。だが、その父親の顔は知らない。たまたま日本に来ていた父親と関係を持った母親がアンナを身篭ったが、父親はそれを知ることなく母国に帰ってしまったらしい。その母親も、アンナが中学の時に病死した。  名前こそ『アンナ』と女性のような愛らしい名前だったが、身長が一八〇センチあった。  そんなアンナもこの店に来た当初は、中性的で外国人の美少年ということもあり毎日のように指名が入っていた。  だがこの三年、ジワリジワリと身長が伸び、今は一八〇センチの大台に乗ってしまった。顔は相変わらず整ってはいるものの、昔のように華奢で儚げな外国人美少年、というウリがなくなってしまった。ハーフのイケメンという強味でそれなりに指名はあったが、ピーク時の半分に指名は減ってしまっていた。  店側としても整った顔立ちは手放し難く、ずっと《タチへの転向》を提案されていた。  無理に決まっている。一度たりともタチの経験がない、童貞なのだから。  実際、今でもタチ希望での指名は後を経たない。その度に断るか、挿入なしで対応していた。最近はいっそタチへの転向、もしくは引退、の二文字が頭を過ぎる。  それでも、アンナは久し振りにの指名に念入りに後ろの準備した。 そこは、市内でも一等地に立つマンションだった。 「すげー」  思わずアンナは高層マンションを見上げる。  指定された部屋の前に行くと、インターフォンを鳴らした。返事はなかったが扉が静かに開き、玄関が開いた。  アンナは比較的物怖じさないタイプで、どんな客だろうと顔や態度に出ることはない。だか、そんなアンナでも出てきた男の迫力と威圧感に思わず息を呑んだ。  顔を出したのは、黒い髪を後ろに撫でつけた目つきの鋭い咥えタバコをした男。  男はアンナを上から下へと視線を流し、品定めするようにアンナを見ている。 「ファントムからきた、アンナです」 「……ああ」  男はアンナを入るよう促した。  とりあえず、門前払いは避けられたようだ。目の前に白シャツを着ている男の背中が見え、シャツが透けて素肌が分かる。その背中一面に何かが描かれているのが分かった。  この男は《ヤクザ》だ。  ヤクザの客を相手にした事は何度かあったが、その度に酷い目にあった記憶しかない。だが、この男は今まで相手にしてきたヤクザたちとは雰囲気が少し違うように思えた。

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