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時任 叶羽Side

 教室に居ると受信メールを知らせる音を耳にし、それを確認すれば屋上に来てほしいとの内容。屋上へと続く階段を登り、重たい鉄の扉を、鈍い音を立てて開ける。雲一つない青い空が、視界の中に広がった。そこには、天気とは真逆な心底落ち込んでる花沢 南飛(はなざわ みなと)がいた。 「何、お前、また失恋したの?」 「叶羽……」  もう本当、どん底。  屋上のフェンスに寄り掛かり、両足を抱えて座る南飛の隣に、俺は足を延ばして腰を下ろす。足の膝に顔を埋めてる南飛の表情は判らないが、声のトーンの低さとその雰囲気で落ち込んでいるの明解だった。 「今回は続いた方じゃねぇーの? 三ヶ月だっけ?」 「二ヶ月半」  小さいけれど南飛の声は俺へと確実に耳に届く。俺は肩まである自身の髪が、春風に揺れるのを片手で抑え、表情が見えない南飛に視線を下す。 「俺、今回は本気だったのに……」  今回も! だろ!?  本気……。  こいつはいつも本気。相手を大切にして、大切にし過ぎて……。 「気持ちが重いって言われた」  そう言われて、毎回振られてる。  告白してくるのはいつも相手からなのに、告白された事に舞い上がってOKして、気持ちが重いと言われ振られての繰り返し。 「やっぱ、俺には叶羽しかいねぇーよ」  視線を下していれば、顔を上げた南飛と目線が絡み合う。目を細め悲しげに笑みを浮かべる南飛は、そう言って俺を両手で抱き寄せた。 「……だから、俺を呼んだんだろ?」  抱き寄せられると、抵抗することなく南飛に身体を預けながら、両腕を背中に回し、南飛の後頭部の髪の毛を、指に絡ませながら軽く撫でる。透き通った青い空を見上げ、精一杯の笑顔を浮かべて南飛に問いかける。 「叶羽、俺を慰めて?」  予鈴が聞こえる中。抱き寄せられた身体を少し離して、目線を合わせ南飛は呟く。俺は声を出さずに頷き答えると、南飛は俺に唇を重ねた。 「んっ………」 口を開かせられて、互いの舌が絡み合う。唇を重ねたまま、南飛は俺の頭を押さえてゆっくりと地面に横にする。  これは南飛の寂しさを紛らす為だけの行為。  南飛は唇を離し、切なげに俺を見下ろしてから制服に手をかけた。 -1-  いつからだろう? 南飛とこんな関係になったのは。  南飛とはこの高校に来て知り合った。一年の時同じクラスになり、この外見だから一段と目を引く存在で……。性格も優しく周りを気に掛け、誰にでも気軽に話し掛ける、周りからも信頼され頼られる存在だった。そんな南飛に俺も魅了された内の一人だった。  実際、話してみると、寂しがり屋なんだよな……。  ある日の放課後、教室で一人窓から外を眺め、恋人に振られ落ち込んでる南飛を、偶然見掛けた。俺は無意識に南飛に近づき、何も言わずに学習椅子に座る南飛を、立ったままで抱きしめていた。  南飛に哀しい顔は、似合わないから。笑っていて、欲しいから。 「どうしたら、立ち直れる? 俺に出来る事ない?」  抱きしめたまま南飛にそう聞くと、身体を少し離し南飛は、俺を見上げてくる。無表情で何度も瞼を瞬かせる南飛、瞬かせるのを止めたと思えば、ゆっくりと目元を緩めて口を開いた。 「叶羽にキスして貰えたら立ち直れる」  そう冗談混じりに切なく笑う南飛を見て、俺は黙って唇を重ねていた。  南飛は冗談で言ったんだと思うけど、俺は南飛が笑ってくれるなら、構わないと思ったんだ。悲しまないで、南飛の苦しみは俺が拭ってあげたい。  この時だと思う、俺は南飛が好きだと気付いたのは……。  この日から、俺と南飛の関係は変わった。  友達でも恋人でもない。そんな関係。それでも普通の友達よりは近い関係で、恋人と別れれば俺の元に、俺を頼りにしてくれる。だから俺は、その関係を怖くて切れないんだ。  切れない糸で俺達は結ばれてる。 -2- 「あぁっ……んんっ…ん」 「…叶羽っ」  南飛は俺の両足を抱えて、俺に自身をあてがう。俺は南飛にしがみつき背中に両腕を回す、入ってくる異物感に堪えていると、決まって南飛は俺にこう言うんだ。 「ごめん…叶羽」  切なく俺を見つめて、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる。 「あやっ……まんなっ!」  俺は謝られると、いつも虚しさを感じてしまうのに……。好きな人に抱かれる事を、幸せと感じられないんだ。でも、笑ってくれる為に俺は、南飛に体を預けてしまう。 「あぁっ!? ……みな、とっ!」 「叶、羽っ」  切ない表情で、俺を見ないで。 「み、なとっ……笑って?」  俺は南飛の両頬を包み、快感によって、溢れた涙で滲む視界の中、南飛に言うと。南飛は笑って、俺に優しく触れるだけのキスをした。 「ンンッ!?……んんんっ!!?」  唇を重ねたまま、南飛は絶頂が近いのか、律動を速めた。唇が離れ、目を開ければ南飛の顔。徐々に早くなっていく、南飛の律動に翻弄させられながらも、空を見上げれば南飛の背後に広がる、雲一つない綺麗な青空。律動で揺れる視界も、自分の心とは真逆なもので、明るく輝いていた。  そして、必ず俺の腹の上に、欲望を吐き出す。これは、南飛のケジメなのかもしれない。友達以上恋人未満だという関係性への、ケジメなのかもしれない。  体を重ねても、南飛の心は遠く感じてしまう。 「はぁはぁ……んっ」  いつも行為が終わると、南飛は唇を優しく重ねてくる。 「叶羽……、いつもごめん」  唇を離した南飛は、俺の顔を覗き込みそう言った。 「だったら最初からするなよな!」  俺がそう言うと、南飛は笑顔を見せてくれる。 「元気だせよ?」  俺は、南飛に触れるだけのキスをして、そう返した。 -3-  結局は、一人で自己嫌悪に陥る。  南飛と体を重ねる事に、後悔はしていないけど、行為の後の、胸を支配する虚しさに、いつも堪えられなかった。  体育館裏で溜め息を漏らせば、頬を滴が流れる。せっかく笑顔を取り戻した南飛に、こんな俺を見せられなくて、いつも体育館裏に来て、溢れる涙を無我夢中で流していた。 「……やっぱり」  声が聞こえて、その方向を見ると、一人の人物が立っていた。 「桃先輩……」  滝口 桃(たきぐち もも)。南飛の部活の先輩で、俺達の関係を唯一知る人物。 「南飛が別れたって言ってたから、もしかしてと思ったんだけどな?」  桃先輩はそう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。 「泣く程辛いなら、拒めばいいだろ?」 「できなっ!」  首を左右に振り、俺はそう告げる。そんな事をしたら、南飛がどれだけ哀しむか……。恋人に振られた揚げ句に、俺に拒まれたら……。  あいつ、きっとどん底だよ? 「南飛の事ばっかりじゃなくて、少しは自分を大事にしろって? ……そのうち、お前壊れそうだよ?」  壊れそう? もう、俺、壊れてるかも……。  俺は両膝を立てて、その膝に顔を埋め、再び涙を流した。そんな俺を泣き止むまで、桃先輩は静かに隣で待ってくれていた。 -4- 「叶羽?」 「南飛……」  涙も止まった頃、教室に戻ると南飛が居たんだ。午後の授業をサボった俺は、もう皆は帰ってるだろうと思って戻ったのに……。  そこに南飛が居るなんて……。 「叶羽……大丈夫か?」  何に対しての‘大丈夫’なんだろう? 身体? 気持ち? 南飛が不意に俺の頬に触れる。  俺は触れる瞬間、無意識に身体がびくっと震えた。同時に両目を瞑る。 「叶羽……泣いたのか?」  俺の目尻を人差し指でなぞる南飛。  ヤバイ!? 泣いた事を今までは、南飛に会わない様にして、誤魔化してきたのに……。悟られないように俺は、目を自身の指で擦りあげる。首を何度も左右に振りながら、苦し紛れに言い訳を言っていた。 「んっ、め、……目にゴミ、…入っただけ」  俺はそう言って、俺へと向けられている南飛の目線から、視界をずらしてしまった。 「そっか」  南飛はそう言うと、深く追及することなく、俺の頭を軽く叩いて笑っていた。  こいつの笑顔が、堪らなく好きなんだ。南飛が笑顔で居てくれるなら、俺はどうなってもいい……。 「叶羽? ……寮に帰る前にどっか行かないか?」 「どこ? ゲーセン? バーガー?」  南飛に誘われ、俺はうんと一つ頷き返し、自分の席から鞄を取り戻って、南飛の隣を歩いた。 「どこでもいいや……、気が紛れる所」 「はいはい」  俺は南飛の肩を叩いて、笑いながらついて行った。 -5-    そんなある日、俺達の関係を、揺るがす出来事が起こった。 「君が好きだ」  南飛が告白されるのは、いつもの事だけど……。今回は、俺、時任叶羽(ときとう かなう)です。 「俺、好きな奴居るから、ごめんなさい」    普通は断って終わる筈なんだけど……。 「花沢 南飛?」 「な…!? お、お前に関係ないだろ…」  出来れば好きな人に好きだと、言いたいし言われたい。 顔も名前も知らない奴に好きだと言われ、自分のもどかしさに腹が立つのに……。南飛の名前を言われて、苛々が募った。俺は一言だけ言って、その場を離れる事にし振り向いた。 「!?」  でも、相手に腕を引かれて俺は、側にある壁に押さえつけられた。 驚いて俺は相手に顔を向ける。間近にある相手の顔。 「なっに!? んっ!」  抵抗を発する言葉は相手の唇によって、飲み込まれてしまった。 「ンンンンン!?」  嫌だ! 嫌だ! 南飛!?  俺の想いとは関係なしに、相手は俺の唇を蝕む。両手を取られて抵抗する統べもなく、それをいいことにコイツは好き放題してくる。 「!?」  口の中で俺の舌を相手の舌に絡み取られると、鳥肌が立つのを全身で感じとっていた。 細やかな抵抗のつもりで、瞼は閉じずにいると、視界が徐々に涙で歪んでくる。唇を漸く離されると、俺の頬を滴がつたう。 「……二年、百瀬 彪流(ももせ たける)覚えといて?」  俺を力強く抱きしめ、百瀬は耳元で囁いた。 -6-  その日の夜、俺は寮のベットで一人布団に潜り込み、声を殺して泣いた。南飛にバレ無いように声を押し殺す。南飛に言えない言葉を、俺に簡単に言ってきた百瀬が、羨ましいのか……。 「……っぅ」  南飛にとって俺は、都合のいい奴なのかもしれない……。 そんな事は、解ってるんだ。だから、言ってしまったら今の関係も崩してしまいそうで……。言えない。 「叶羽?」  声をかけられ、俺は慌てて布団で涙を拭った。懸命に平然を装い、俺は布団から顔を出した。 「何? 南飛?」  南飛は二段ベットの上から、下である俺のベットを覗き込んでいた。 「俺、そっち行ってもいい?」 「へ?」  突然の申し出に、思わず変な声を発してしまったが、南飛は構わず返事を返す前に、二段ベットから跳び降り、俺の布団に潜り込んできた。 「な、なんだよ!?」 「叶羽? なんかあった?」  いつも、鈍感なくせに!?  なんで、気付いて欲しくない時ばっかり気付くんだよ……。 俺の両頬を手で包み込み、南飛は額同士を触れさせる。 間近にある南飛の顔は、鼻も目も通っていて凄く綺麗だった。 「いつも、俺ばっか悪いから、叶羽が辛いなら俺に出来る事ない?」  どうしよう?  言っても言いのかな? 「……何も聞かないで、俺を抱いて?」  南飛以外にキスされて、それを南飛に埋めて欲しかったんだ。拭って欲しかったんだ。南飛で忘れさせて欲しかった。 -7- 「んんっ!? あぁぁぁっ」  南飛が俺自身を擦り上げる。与えられる感覚に堪えながら、俺は縋るように南飛にキスをした。 「ンン!?」  唇が重なると南飛は、俺の口の中に舌を侵入させ、俺の舌を絡み取る。俺は、それに答えるのに必死だった。唇を合わせながら、南飛は俺の先走りを奥へと塗り付けた。 丁寧に塗り付け、指を中へと侵入させる。 「ンン!? っはぁ!」  何度も行為を重ねた事のある南飛は、意図も簡単に俺の弱い所を見付け、その一点だけを攻めてきた。 「やぁあっ!? ぁぁ……、っあ、ひぃあ」 「嫌?」  唇を離した南飛は、俺の顔を覗き込み聞いてくるから、俺は首を横に振って、言葉には出さずに答えた。  好き  南飛が好き    他の奴なんて目に入らないくらい好きで、俺は溢れるこの気持ちを、抑える事が出来るんだろうか? 愛おしいこの人に、俺はそのままその背に両腕を回して強く抱き付いた。 「あぁぁ!? ンン!!」 「叶羽っ……ごめんっ痛い?」  俺の両膝を抱え、己を侵入させては南飛は俺に謝った。俺から望んだのに、南飛はそれでも謝るんだ? 「いいっ……謝んな!」  俺がそう言うと、南飛は律動を始めた。 「あ! ……あぁん、あぁぁ……。あんあぁ」  その後も俺は、南飛を幾度となく、望み続けたんだ。 -8- 「……っん?」 「ごめん、起こした?」  いつの間にか気を失ったらしく、目を覚ますと、目の前いっぱいに南飛の顔が広がっていた。 南飛の問い掛けに、俺は黙って首を横に振った。寮の部屋でする事は、初めてじゃないけど、目を覚ました時に、南飛が側に居るのは初めてだった。いつもは喪失感に耐えられなく、俺がどこかに行くことが多い。南飛に涙を見られたくない、その想いで。 「体は平気?」  俺の頭を撫でながら、南飛が聞いてきたから、黙って頷いた。俺の髪を丁寧に梳きながら、優しい笑みを見せてくれる。その表情と、手の温もりに気持ちは穏やかになる。 「……ん」  そのまま南飛は、俺を抱きしめてくれた。俺は南飛の匂いに安堵感を覚えて、抱きしめられたまま再び眠りについた。  俺は切れない糸に、必死にしがみついてるだけかもしれない。この人が好きで好きで、どうしようもないくらい好きで、糸が切れないように必死にもがいて。それがどんな関係でもいい。どんな関係でもいいから、関係を持って居たくて。その他大勢より、ちょっとだけ特別な関係、ただそれだけでいい。  大好きな人の胸で眠れるこの時が、止まってしまえばいいのに。本気でそう思っていた。 -9- 「おはよう! 叶羽!」 「うわっ」  学園の昇降口に行くと、百瀬が待ち伏せしていて、思わず俺は、後退りをしてしまっていた。 そのまま、下駄箱に背中をぶつける。 「~っ」  背中の痛みに気を取られてると、百瀬は俺の顔の両脇に手を当てて、逃げられないようにしてきた。 公衆の面前で何してくれてんじゃ!? このやろう!? 「まだ、気は変わらない?」 「一生、変わんない」  俺は相手から目線を外して、言ってやる。すると、百瀬は俺の顎を掴み、目線を合わせ顔を近付けてきた。 「絶対、諦めない」 「好きにすれば? 俺は絶対動かないから」  何度諦めようとしても、気持ちは動きようがなかった。それどころか、溢れる一方なんだ。 「……叶羽?」  その声を聞いて、俺の体は一瞬震えた。 「南、……飛」  声の方向を見ると、驚いた表情で、立ち尽くしている南飛が居た。 「花沢……南飛?」  不意に耳元で、百瀬が南飛に聞こえない様に呟いたのに気付き、俺は目線を百瀬に向けた。 「…………っん!?」  目線を向けたのと同時に、百瀬は俺に唇を重ねてきた。南飛の目の前で。 -10-  俺は、どうにかして百瀬を突き放そうと、体を押す為手を伸ばすが、俺の手は宙を浮いた。それと同時に、百瀬の倒れる音が耳に入ってきて、視線を向けると、倒れた百瀬の体に、馬乗りになった南飛の姿が目に入った。 「南飛!?」  南飛は容赦なく馬乗りになったまま、百瀬を強く握りしめた拳で殴り続ける。馬乗りになられているせいか、百瀬は抵抗が出来ないでいた。 「南飛!!」  俺の声も耳には届いてないみたいで、南飛は殴ることは止めない。周りの生徒に囲まれても、南飛は殴る手を止めなかった。 騒ぎを聞き付けた教師が止めに入って、漸く南飛は殴るのをやめた。百瀬は口の中が切れたのか、端から流れる紅い血を袖で拭っていた。 「叶羽? ……南飛、どうしたんだ?」  肩を叩かれ見上げると、桃先輩が俺の隣に居て、教師に囲まれている南飛を見ていた。 「桃先輩……」  どう説明していいか解らず、俺は言葉を詰まらせていた。南飛は教師に説明を問い詰められても、殴った言い訳は一切口にしない。南飛が百瀬をなんで殴ったのか、それが俺には解らなかったんだ。  百瀬が俺にキスをしたから?  でも、なんで?  それならそうと、理由を言ってしまえばいいのに。南飛は言い訳を、絶対に口にする事を拒絶し続けた。騒動が大きくなり集まった教師達は、周りを囲む生徒に教室に戻るよう促している。俺も戻るように促された。俺も当事者の一人なのに、南飛が言い訳をしないから、教師から見たらただ集まった野次馬に過ぎない。教師に説明しようとしたけど隣に居た桃先輩に止められた。  結局、南飛は教師に指導室に連れられて、問い詰められたようだが、何も話さないままで、寮での一週間の謹慎処分を受ける事になった。 -11-  授業が終わると、俺は急いで寮に帰った。学園から寮まで、一気に走り抜けた。南飛が、一人で寮の部屋に居るから……。 なんで百瀬を殴ったのか、なんで言い訳を言わなかったのか、聞きたかったから。  部屋の前に到着すれば、息切れになるまで走ったので、ゆっくりと深呼吸をして息を整える。部屋のドアを開けると、窓のカーテンが閉まっていて、夕方の薄暗さを、更に暗くしていた。二段ベットの階段に足をかけて、頭だけ覗かせ、ベットに横になる南飛を見ていた。寝返りを打った南飛が、俺に気付く。 「お帰り、叶羽」 「うん、ただいま」  俺の頭を撫でて、南飛は笑いながら言った。なんで、こんな時に笑えるんだろう? 「なぁ……、南飛? なんで言い訳しないんだ?」    南飛は、悪くはないと思う。 「あんな人だかりがある中、叶羽がキスされたなんて言いたくなかった」  え? それって……。  南飛の言葉を耳にすれば、俺は驚いて目を瞬かせる。そんな俺を見て南飛はさらに続けた。 「叶羽だって、言われたくないだろ?」  ………全部、俺の為? 「……それに俺は、あいつの事悪く言える立場じゃない」  立場じゃない?  何が……? 「叶羽を一番傷付けてるのは……、俺だから」  南飛は俺の頬に掛かっている髪の毛を梳いて、そのままその髪の毛にキスをした。 「今までごめんな? 叶羽の優しさに付け込んで……」  目を細め口許を緩め笑みを浮かべ、優しい手付きで俺の頭を撫でながら、南飛はゆっくりとだがはっきりとした口調で言う。 「み、……なと?」 「もう二度と、叶羽を求めたりしないから」  いつまでも、俺が切れないでいた糸は、南飛に寄って断ち切られた。俺がずっと望んでいたその笑顔で……。 -12-  俺はあの後、必死で涙を堪え、南飛にただ黙って何度も頷き、ベッドの梯子から降りると、そのまま何も言わずに寮の部屋を出た。部屋のドアが閉まる寸前に、南飛の俺の名前を呼ぶ声が聞こえたけど、俺は振り向かなかった。その時点で俺の目は、霞んで視界がぼやけていたから……、振り向けなかったんだ。泣いている事に気付かれたくなかったから。  南飛に恋人が出来るまでは、俺が側にいられる。恋人と別れた後、南飛は俺の元に戻って来てくれる。それは、恋人という存在ではないけれど……。俺にとっては、南飛の側にいられるただ一つの権利だったんだ……。そのたった一つだけの権利を、俺だけが持っている、その事実が嬉しくて幸せだった。 「うっ………」  その権利にすがっていたんだ。……でも、その権利さえ、今はない。もう求めたりはしない、そう南飛ははっきりと口にした。南飛がどんな想いで、その言葉を口にしたのかは判らない。判らないけど、俺は細くて儚い糸で、繋がっているこの関係を切っては欲しくなかった。  俺は寮の廊下で立ち止まり、床に落ちる雫を見ている事しか出来なくなっていた。その時誰かに抱き寄せられ、体が震えた。 「……も、も先輩?」  顔を上げると、桃先輩が優しく抱きしめ背中を摩ってくれていた。 「ここだと目立つから、違う場所行こうか?」  寮の廊下ですれ違う生徒が、泣いている俺を怪訝そうに見ているから、桃先輩は自身の胸に隠してくれている事に気付き、心遣いに感謝した。桃先輩は小声で言ってくれて、俺はそのまま桃先輩の胸に顔を埋めて頷いていた。 -13-

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