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花沢 南飛Side2

   これだけ探したのに、居ないとなると、寮の外か? 何度も叶羽の携帯を鳴らしても、叶羽にメールを送っても……。それでも未だに、俺の携帯は音を出すことはなかった。 「泣かないで」  俺は最後に叶羽にそうメールを送った。    ”どこにいる?” ”戻ってきて?” そんな言葉よりも、一番俺が今、願っている事だったから…。寮の外へ行くと、そこは霧雨が降り注いでいた。そんな中、叶羽が外に居たら風邪を引く、そう思い必死に叶羽の姿を探した。寮を出て再び学園へと向かう。  叶羽………。  この霧雨が叶羽の涙のような気がして、俺はどうしようもなかった。泣くくらいなら、俺を攻めればいい……、俺を嫌えばいい。学園に向かう途中で、俺は足を止めてしまっていた。霧雨が降り注ぐ空を見上げ俺は、叶羽の事を想う。  この霧雨が俺に降り注ぐ様に、俺を攻めればいいんだ、俺の事をどんなに嫌ってもいい。だから、もう泣かないで……。 「花沢っ!? お前は今、謹慎中だろ!」  霧雨が降る空を見上げていると、教師の声に俺は目線を下ろした。帰宅するだろう教師に、俺は見付かってしまった。言い訳なんて事を言うつもりもなく、俺は今起きた事態を受ける。何でもいいから罰を受けたい…。  願ったように俺は、明日から一週間の自宅謹慎を命じられる事になる。  次の日の朝になっても、叶羽は帰って来なかった。実家に行くための身支度を済ませても、叶羽は戻って来ない。叶羽のベットを見下ろし、俺は深く溜息を付いた。  叶羽の机の上に「ごめん」と記した紙を置き、俺は寮を出た。泣かせてしまってごめん……。 -14-   「みなにぃ~!」 「おわっ」  実家の玄関のドアを開けた途端に、チビッコに抱き付かれた。謹慎になった事は先に連絡を入れていたので、実家では俺が帰ってくることは知られていたようだ。俺から連絡した時には、既に学校からも連絡はいっていたけど。 「お帰り、南兄」 「明ちゃん、ただいま」  抱き付いてきたのは、隣の家に住む泉 明都(いずみ あきと)。小学一年生。通称明ちゃん。俺は明ちゃんを抱き締め返した。 「南兄は何やらかしたんだよ?」 「あははっ」  此方は我が弟の治弥(はるみ)。我が弟ながら愛想がない。明ちゃんを抱き締め返したのが、きっと気に食わないとみた。 「明、俺の部屋に行こう?」 「えぇ~、折角、南兄帰ってきたのにぃ~!?」  治は明ちゃんの腕を引いて、俺から明ちゃんを引き剥がした。 「明は俺と南兄、どっちが好き?」 「ん? ……治ちゃん!」  明ちゃんは治の問いに、屈託のない笑顔で答えていた。 「じゃ、俺の部屋に行こう?」 「うん、治ちゃんの部屋でゲームする!」  そう言って、二人は二階へと駆け登って行った。なんつうか……、ませガキ治。明ちゃんが好きでたまんないんだろうな?  叶羽……、部屋に戻ってきたかな?  俺はポケットから携帯を取り出しては、画面を開いた。画面にはメール受信の知らせも、不在着信の知らせもない。センター問い合わせをしても、メール受信を知らせてはくれなかった。 -15-    実家に帰ってくるのは、夏休み以来。自分の部屋に入り、俺はベットに横になった。  夏休み……。叶羽を呼び出した。  どうしようもなく、叶羽に会いたくなったんだ。普通に呼び出しても。 「恋人に悪いから」  と言って叶羽は断る。 「恋人なんて居ない」  そう俺が、叶羽に告げると。 「………別れたのか?」  戸惑いながら、俺に聞いてきた。あの時、本当は誰とも付き合ってなかったと、話すべきだったのかもしれない。叶羽を騙していたと、正直に話すべきだったのかもしれない。  ……でも。 「叶羽、会いたい」  肯定も否定もせず、今の気持ちを口にしていた。 「判った、今そっち行く」  そう言って電話を切った叶羽は、数分後飛んできた。俺を包み込むように抱き締めて、叶羽は笑った。 「南飛? ……笑えよ?」  そう言った叶羽に俺は、ベットに沈めながら口付けた。行為の後、叶羽が泣くのは判っていた。俺を受け入れる時、叶羽は必ず下唇を噛み締めて我慢するから……。その姿を見ると、いつも居たたまれなくなった。  それでも、叶羽が愛しくてしょうがなかった。 -16-   「南兄? 元気ないよ?」  学校から帰ってきた明ちゃんは、俺の部屋に来てはそう言った。 「ん? 大丈夫」  こんな幼い子に心配されるなんて……。俺は明ちゃんの頭を撫でながら、笑って答えた。 「あのね? さっき、綺麗なお姉ちゃん来てたよ? 南兄のお友達?」  綺麗なお姉ちゃん? お姉ちゃんなんて知り合いいないぞ? 「玄関を行ったり来たりしてた」 「制服着てなかったか!?」 「制服?」  まさかとも思った。叶羽が逢いに来てくれたんじゃないかと…。淡い期待を抱いた。明ちゃんは首を傾げて、何を聞かれているのか判らないという表情を浮かべるから、俺は明ちゃんの後ろに居る治に目線を向ける。 「俺、見てない」 「あ、そう」  治の返事を聞いて、俺はベットに横になった。 「南兄ぃ?」  明ちゃんが俺の体を揺する。目線を明ちゃんに向けると、パァーと笑顔になった。 「一緒に遊ぼう?」  可愛い! なんで明ちゃんはこんなに可愛いんだ!? 俺は明ちゃんを抱き寄せようと手を伸ばした。 「南兄!」  抱き締める前に、治が横から明ちゃんの腕を引っ張った。 「治ちゃん?」 「俺の方が好きだって言ったのに」  治……、そんな事で、拗ねるなよ。 -17-   「南兄……、なんかあったのか?」 「とのは……」  お子様達が寝静まった頃。上の弟のとのはが参考書を手に部屋に入ってきた。今は中三で受験勉強に励んでいる。 「いやっ……、まぁ、色々と」  ベットにいた俺は苦笑いで答えると、とのはは俺の机の椅子に腰を下ろした。机に如何にも勉強するかのように、参考書を並べるとのは。ノートにシャーペンを走らせながら、視線はそこに集中させ、問い掛けてくる。 「叶羽さん? だっけ? 同室の」 「あ? ……あぁ」  結構鋭い……、とのは。 「俺もこの人だったら、男でもいいかもな?」 「!?」  去年の学園祭でのミスコンの写真を、俺の机の中から取り出し、眺めながらとのはは言った。 「……俺、男に興味ないって」 「あ、そうですか」  俺の驚いた表情を目線で流せば、とのはは笑いながらそう告げた。弟にまでヤキモチ妬くって、どんだけだよ……俺。 「兄貴?」 「ん?」 「素直になれよ?」  とのはのその一言が身にしみた。学園に戻ったら、叶羽に言おう。今までは全部嘘だったって。叶羽が好きだって。 「母さん気付いてる」  何に? 「駿河学園だけは受けるなって言われた」 「ははっ」  ちまたで有名な同姓愛者の巣窟。孫の顔ぐらい見たいわな。 「治は治だしな」 「確かに」  その後、俺はとのはと久々に他愛ない話をした。 -18-    停学を終え、俺は朝一で寮の部屋に帰った。ドアを開けた時、叶羽が居たら抱き締めよう。好きだって言おう。  叶羽が居る事を願い、ドアを開けたが、その期待は音を絶てて崩れ去った。誰も居ない部屋。時計の針の音だけが、虚しく響いていた。  学園か? もう登校したのか?  俺は荷物を机の隣に置いて、制服に着替えた。制服に着替え、通学カバンを持って、学園に向かった。早く叶羽に逢いたくて、早く叶羽を抱き締めたくて。早く叶羽に想いを伝えたくて、その気持ちが俺の足を急がせた。 「おはよ……」 「花沢っ……、今日からだっけ?」 「あぁ」  俺はクラスの友達と会話をしながらも、教室を見渡した。叶羽の姿を探していたけれど、叶羽の姿はどこにも見当たらない、気が焦っている俺は、友達に問い掛ける。 「叶羽は?」 「あれ? ……さっきまで居たんだけどな?」  叶羽の姿が確認出来ずに、友達に聞くと、両手を広げては、判らないと言われた。叶羽が行きそうなところと言えば、園芸部の花壇。  花が好きな叶羽だから……。  俺は席に通学カバンを置いて、園芸部の花壇へと足を向かわせた。 -19-    園芸部の花壇で叶羽の姿を見付けた。あの日泣いた叶羽を探していて、今漸く見付けた。一週間ぶりに見た叶羽の姿は、やはり綺麗だった。叶羽の姿を見て直ぐに抱き締めたくなった。駆け寄ろうと足が動くが、その動きを止めたのは、しゃがみ込む叶羽の隣で見下ろしている存在だった。 「……桃、先輩?」  俺の部活の先輩で、よく叶羽を気にかけてくれる人だった。園芸部の花壇で、花を綺麗に世話している叶羽の傍らで、桃先輩は叶羽の様子を心配そうに眺めている。 「今日……、南飛、帰ってくるんじゃないのか?」 「桃先輩……、今日も泊めて貰っちゃだめですか?」  二人の会話を俺は黙って聞く事しか出来なかった。叶羽は今日‘も’と言った。それは、きっと俺が停学で、実家に居る時の事を意味するのか? 叶羽は俺との部屋じゃなく、ずっと、桃先輩の部屋に居たのか? あれからもずっと帰って来ないまま、桃先輩の部屋に居たのか。だからあの時、桃先輩に叶羽の居場所を聞いても、教えてくれなかったのだろうか……、叶羽が傍に居たから。  叶羽は桃先輩を頼りにしている、今までも、桃先輩に相談することが多かった。俺との情事の後も、桃先輩と居る所を何度か見た事がある。 「叶羽がそうしたいなら、俺は構わないが、南飛に会わなくていいのか?」  桃先輩の問いに叶羽は黙って頷いていた。俺は拒否られ、叶羽は桃先輩を受け入れたように見えた。  叶羽は桃先輩が………、好き?  そう思うと、俺は胸を鷲掴みにされた思いがした。正直になるには……、気持ちを伝えるには、本当の事を話すのは……、すべては遅かったんだと。二人の会話を耳にして、俺は思い知らされた。  俺は、二人に声を掛ける事も出来ずに、花壇を後にしていた。 -20-    数日、叶羽に避けられた。話だけでもしたいのに、叶羽は俺を避ける。 「ははっ」  俺は叶羽に相当嫌われたらしい。俺の口からは乾いた笑いしか出てこない。泣くくらいなら、俺を嫌ってもいいと思ったけど、実際はこんなにキツイものなんだと思い知らされる。素直になろうと決めた時には、叶羽が誰を想ってるのか判ってしまうなんて……。それでも、叶羽と話だけでもしたくて、俺は放課後、園芸部の花壇に来ていた。  此処に居れば、叶羽が来てくれるんじゃないかと思ったんだ。そこに、顔は見た事があるけど、名前は知らない同じ学年の生徒が来た。 「僕、南飛君がずっと好きだったんです」  彼は俺にそう言った。告白を受けて初めて悲しい気持ちになった。そのセリフは叶羽に言って欲しかったから。叶羽から聞きたいと思っていたから……。叶羽から受けたい想いだったから。叶わない願いだということは、判っているのに、未だ淡い願いを抱いてしまう。 「ごめん、俺、今どうしようもなく好きな奴居るから」  叶羽が好きで堪らないんだ。 「好きな人? ……誰か聞いてもいい?」  彼が気持ちを諦める事が出来るならと、俺は愛しい人の名前を口にした。 「時任 叶羽」  彼は名前を聞いて、目を見開いてから俺に一礼をして立ち去った。彼はこの後泣くのだろうか? 申し訳ない気持ちにはなるけど、叶羽が泣いた時のように、胸を締め付ける事はなかったんだ。  そして、俺は叶羽が園芸部の花壇に現れない事に、焦りを覚えた。 -21- 「桃先輩?」  校舎内で叶羽を探していると、校舎の廊下で桃先輩に会った。 「南飛……お前、いい加減部活に顔出せよ?」 「……はい」  俺はこの人を羨ましく思う、叶羽に想われていて……。卑怯な手を使わなくても、叶羽の心を掴んでいる事が出来る、この人がとても羨ましい。 「叶羽探してるのか?」 「!?」  桃先輩にそう言われて、俺は驚いて目を見開いてしまった。どうして俺が叶羽を探しているのが、桃先輩が判ったのか不思議に思ってしまう。 「……寮に帰ったんじゃないのか?」 「外靴あったので、まだ居るはずです」  俺がそう言うと、桃先輩は俺に向かって柔らかい笑顔を見せた。 「お前らは本当に、互いが互いに素直になればいいのにな?」  桃先輩の言ってる意味が理解出来ずに、聞き返そうとすると耳元で囁かれる。 「体育館裏に行ってみろ?」  体育館裏? そこに叶羽が居るのか? 何故、桃先輩はそんな事が判るんだ?  俺は桃先輩に目線を送ると、また柔らかい笑顔を見せられた。叶羽はこの笑顔にやられたのかな? 全てを理解しているのかの様なその笑顔に。 「ありがとうございます」  俺は桃先輩に一礼をし、その場を立ち去っていた。断られてもいい、嫌われていてもいい。俺が叶羽を好きだから。叶羽が泣かない為に、俺が出来る事をしたい。  俺を想ってくれなくても………。 -22-  桃先輩に言われた通りに、体育館裏に向かい叶羽を探した。そこには叶羽の姿が確かにあった、姿を見つけ、歩み出していた足を思わず止めていた。  叶羽……泣いてる?  そこに居た叶羽の姿は、体育館の壁に寄りかかりながらしゃがみ込み、顔を膝に俯せにしていて、顔は確認出来ないけど、小刻みに震えている肩が泣いている事を教えてくれた。 「……っ、南、飛」  泣きながら、俺の名前を呼んでいる事が、必要とされているようで死ぬほど嬉しかった。俺は少しずつ叶羽に近付いた。 「!?」  俺の足音に気付いたのか、叶羽は顔を上げては、驚いた表情を浮かべては目を見開いていた。 「南……飛」 「園芸部の花壇に居ないから………」  俺はここかなって? と付け足した。 「………」  不意に目線を外されて、胸が何かに刺された感覚がした。それでも、泣いていた叶羽を抱き締めてたく、少しづつ叶羽に体が勝手に近付いていた。 「……俺、叶羽にかなり嫌われたみたいだな?」  俺がそう呟くと、伏せていた顔を叶羽は上げて俺を見た。瞳いっぱいに涙を溜めている叶羽の顔。痛々しく見えた叶羽の顔。俺はそっと頬に手を当てて、涙を拭ってやる。泣いている叶羽に対して、俺にはこうしてやる事しか出来なかったんだ。 「俺、叶羽を泣かせてばっかりだ」  涙を拭いながら叶羽に言うと、叶羽は目を見開いていた。 「ごめんな」  俺は叶羽を抱き締めながら、そう呟いた。叶羽を傷付けてごめん。その気持ちが胸いっぱいに広がっていた。そのまま叶羽は俺の背中に腕を回してくれた事に、嫌われてはいないのだろうかと、淡い期待を抱いてしまっていた。 -23-  俺はそのまま叶羽の手を握り締め、寮に向かって歩き続けていた。 「……あのさっ……手」  向かう途中、叶羽は戸惑いながら、繋がれた手と俺の顔に目線を交互に動かし、申し訳なさそうにそう言ってきた。 「離したらまた、叶羽逃げるから」  こうやって捕まえておかないと、また逃げられそうで……。いつも叶羽は俺の傍からすり抜けて消えていくから。ただ手を払わずに、ついてきてくれている叶羽が、とても愛しく想っていた。 「もう、逃げないって……」  叶羽は地面に視線を移しては、そう呟いた。 「……でも、ダメ。俺がこうしていたいから」  俺がそう言うと、叶羽は下を見たまま、後は何も言わずに俺についてきていた。俺は、そんな叶羽の優しさが堪らなく好きだ。そのまま寮の部屋に戻ると、すぐに叶羽は布団に潜り込んでしまった。 「叶羽?」  問い掛けても返事をしてはくれなかった。でも俺は叶羽の側を離れられずにいた。ただ何を話すわけでもなく、同じ空間に居れるこの時を何故か灌漑深く感じていた。  ベットの布団から出てこない叶羽に目線を流して、俺はそのまま自身の机に座った。隣にある叶羽の机に目線を向けると、俺が自宅謹慎になった時書いたメモが置いたままになってることに気付く。そのメモはどこか湿っているように感じた。これを書いた時は、この言葉だけはどうしても伝えたかった。  でも、今は違う。汚い手で叶羽を縛っていた事を謝りたい気持ちだってある。それもあるけど、今は叶羽に好きだって伝えたい。叶羽の寝息が聞こえ、寝てしまったことが伝わる。叶羽のベッドへと覗くと、叶羽の寝顔が視界に入る。俺は叶羽の頬をゆっくりと撫でながら寝顔に見入っていた。 -24- 「南飛!?」 「うわっ! 何っ!? 叶羽!」  夜中、叶羽に起こされて目を開けると、俺の上に跨がる叶羽がいた。な、なんだ? 「花の水くらい替えろよ!?」  花? 寝惚けている回らない頭で懸命に思考を巡らせる。 「一応、替えてたぞ?」  叶羽の好きな花? 叶羽が部屋に戻らない間は、代わりに水を変えていた。うん、ちゃんと変えてた。 「朝と夜と一日二回だぞ!?」 「……夜だけ」  俺がそう答えると、叶羽は俯き落ち込んでるようだった。ただ、俯いた時に叶羽の髪の毛が揺れて、シャンプーの匂いが俺に届いていた。 「………叶羽?」 「なんだよ!?」  俺は確かめる様に、叶羽の腕を引っ張り、体を引き寄せた。 「うわっ!?」  丁度、叶羽の頭が俺の鼻の辺りに被さる。叶羽の頭を撫でながら、叶羽の匂いが俺を落ち着かせた。 「叶羽、良い匂い」 「~~っ!?」  その後の事はよく覚えていない。ただ、叶羽の温もりを離せずにいた事だけは、覚えている。朝方、目を覚ました時に、叶羽が俺の上で寝ている事に、驚いたのは言うまでもない。でも、そのまま叶羽を抱き上げて、布団に入れてやり、俺は叶羽を抱き締め再び眠りについた。 -25-  次の日、目を覚ましては、まだ腕の中にいる叶羽を確認した。俺の腕の中で、安心しきった寝顔に癒された。頬を撫でても、起きる気配がなく。俺はそれを良いことに、唇を重ねていた。叶羽に気付かれないように、触れるだけのキスをした。  唇を離してもう一度、叶羽の顔を覗き込んだ。その時、微かに叶羽の瞼が揺れた。あっ……起きるかな? 「ん? ……~~っ!?」 「叶羽、おはよ」  俺の顔を確認すると、叶羽は驚いた表情をしてみせた。 「いつ、起きたんだよ!?」  俺の肩を押しながら、叶羽は突っ張って言ってきた。 「ちょっと、前?」 「……何してたの?」  俺は叶羽の温もりを失いたくなく、突っ張る叶羽を抱き寄せては更に抱き締める力を強くした。 「叶羽の顔を見てた」 「~~っ!?」  俺が叶羽にそう言うと、叶羽は顔を真っ赤にして、目を反らしてきた。 「あっ、赤くなった」 「煩い!?」  叶羽の頬を撫でながら、俺が言うと、更に顔を赤くしていた。その姿が凄く愛しく感じたけど、これ以上は叶羽が嫌がると思い、俺は叶羽から体を離して起き上がった。 「………さっ、登校の準備しようか?」  叶羽の頭を撫でて、洗面所に向かう為、二段ベット梯子を静かに降りた。 「……はぁ」  洗面所に入って俺は、深い溜め息をついてしまった。 -26-  学校に行く支度を終えて、朝食をとるため、叶羽と一緒に寮の食堂に向かう。 「あっ……、桃先輩」  食堂で桃先輩の姿を見付けてしまい俺は足を止めた。俺がそう言うと、叶羽は桃先輩に視線を向けていた。やっぱり、叶羽は桃先輩が……。 「ほらっ………桃先輩の所に行きな?」  俺は優しく、叶羽の肩を押してやり、前へ進ませる。 「……え? なんで?」  戸惑う叶羽をよそに、俺は桃先輩の前に叶羽を押し出した。 「……俺は邪魔しないから」  俺は叶羽にだけ、聞こえるようにそう言ってから、その場を後にした。  叶羽の恋を応援する。自分の行動がかなり矛盾しているのは判っているけど、全ては、叶羽が幸せになってくれる事を望む。もう泣かないで済むように、笑って暮らせるように………。俺はそれを望む。  俺はクラスメイトを発見して、その席に近付きながらそう願っていた。今さら遅いかもしれないけど、ルームメイトとして関係を続けられるようにしなくては、駄目なんだ。俺は自分にそう言い聞かせた。  クラスメイトの席に声を掛けながら近寄り、その傍に座ろうとすると視界の端に叶羽と桃先輩が話しているのが移る。その姿は、俺には嬉しそうに笑っているように見えた。  これでいいんだ……、これで。叶羽が幸せに笑ってくれているなら……。 -27- 「なんで置いてったんだよ?」  叶羽は教室に入ってくるなり、凄い剣幕で俺にそう言った。 「だって、桃先輩と来るだろ?」  その方が叶羽は嬉しいだろう? 笑っていられるだろう? 俺はそう思い、叶羽を置いて先に登校していた。叶羽と桃先輩には気付かれないように、食堂を後にして。それが不服だったのか、叶羽は教室に着くなり、俺の方に勢いよく、足音が聞えるんじゃないかと思うくらいの勢いで近寄り、言い放った。 「南飛が先に行ったからだろ?」 「一緒とかって俺、無理だって?」  桃先輩と一緒にいて笑ってる叶羽を見るのは、まだ、正直辛い。俺が叶羽にそう言うと、自分の顔を隠すように叶羽は床に目線を移した。俺は思わず叶羽に近付いた、叶羽は泣きたい時、下を向く事が多い。 「……、叶羽?」  顔を上に向かせる為に、俺は叶羽の頬に手を添えようとした。叶羽は一瞬、身体を振るわせてから、後ろに後退りをした。叶羽のその行動が、俺の胸を凍らせるには充分過ぎた。 「叶羽?」 「………ごめっ」  俺に謝って叶羽は、教室を飛び出した。最後に見た叶羽は、瞳に今にも溢れそうな涙を溜めていた。 「叶羽!?」  俺はまた、叶羽を泣かせてしまったのか? 叶羽がなんで泣いてるかが判らないけど、俺の言動と態度の何かが叶羽を泣かしたのは、確かだった。  俺は慌てて、教室を飛び出した叶羽を追い掛けた。 -28-  朝のHRの時間にはまだ早く、廊下は登校してきた生徒達が居た。そんな中、廊下を走る叶羽の後を必死で追い掛けた。走り続ける俺達に注目が集まっていたけど、気にしている余裕はなかった。 「叶羽! なんで逃げるんだよ!?」 「み、南飛が追い掛けるからだろっ!?」  第一校舎を出て、渡り廊下を更に走り続けた。距離は段々と縮まるけど、一向に叶羽に届かない。やっと、叶羽が逃げないでくれるようになったのに……。 「叶羽がっ! 泣くからだろっ!?」 「そんなんっ!? ほっとけよ!」  第二校舎に入り、階段で三階に登る。もう少し、もう少しで届くのに、叶羽が届かない。 「ほっとけるかっ!」 「南飛は関係ないから、ほっとけっ!」  関係ない……。第二校舎の三階に登った所で、俺は叶羽にそう言われ、追い掛ける足を止めてしまった。 「みな……と?」  俺は関係ない。  叶羽とは、関係ない。  俺は自惚れていた。クラスメイトとか、ルームメイトとか、ただのそんな関係よりも、俺と叶羽はもっと近い存在なんじゃないかと。例え、恋人じゃなくても……。叶羽に好きな人が居たとしても……。 「そうだよな? ……俺は関係ないよな?」  叶羽に言われて、自分の愚かさを自覚した。 -29-  俺はもう、関係ない。細い糸で繋がっていた関係を切ったのは自分じゃないか? それでも、叶羽には泣いて欲しくない。 「……でも俺は、叶羽が好きだから、泣いてたら話し聞いてあげたいし、笑ってて欲しい」  そう思っては駄目だろうか? 「は? ……今、何て言った?」  こんな俺を気使ってか、叶羽は聞き返してきた。 「いや、いいって、無理しなくても、俺なんかより、桃先輩に聞いてもらった方が良いだろ?」 「なんで、桃先輩が出てくんだよ!?」  桃先輩の方が落ち着くだろう? 先輩はそういう人だ……。周りを和やかにする雰囲気を持っている。 「俺が停学で実家に居る間から昨日まで、桃先輩の部屋に泊まってたんだろ?」 「違っ!?」  俺がそう言うと叶羽は首を横に振り、否定をした。あの日花壇で話していた、今日‘も’と言っていた事を思い出す。 「いいよ、隠さなくて」 「隠すも何も!」 「叶羽が桃先輩を好きなのは、前々から気付いてたから」  俺は床を見ながら、更に続けて言った。 「卑怯な手使って、叶羽を抱かせてもらって悪かった」 「南飛!!」 「その後、桃先輩に泣きながら、相談してんのも知ってたけど……叶羽を手放せなっ!?」  話を続けようとしていると、近寄る足音を聞く。両頬を包み込まれて、目を見開くと叶羽の閉じた瞼が近距離で視界に入ってきた。  そして、叶羽の唇の感触を感じていた。 -30-  ゆっくりと唇を離されて、目を開けると俺を映す叶羽の瞳と目が合った。 「叶羽?」 「一番最初に言ったやつ、もう一回言って?」  叶は両頬に包み込んだまま、顔を近付けて言ってきた。一番……、最初? 「え? ……笑って欲しい?」 「その前」  叶羽は首を振りそう言ってきた。その前って、確か……‘俺は叶羽が好きだから……’俺が言っていいのか? 「俺は叶羽が好きだ」  俺は囁くように、叶羽の目をしっかり見て言うと、叶羽の瞳は嬉しそうに細めていた。そのまま、俺は唇同士を触れさせた。叶羽の顎を掴み、唇を開けさせ、口の中に舌を入れて絡ませてやる。 「俺も……、南飛が好き」  唇を少し離すと、叶羽は俺の目を見てはっきりと言ってくれた。そして、また角度を変えて唇を重ねた。その後も、俺達は何度も何度も唇を重ねた。  俺の背中に腕が回るのが判り、俺は叶羽の後頭部と腰に手を当てて、更に強く抱き寄せた。予鈴が鳴り終わっているのにも、気付かずに、夢中で唇を重ねていた。  俺達はやっぱり切れない糸で繋がっている。  それは、決して誰にも切ることの出来ない糸だ。  俺と君との‘切れない糸’ -31-

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