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花沢 南飛Side
「先輩……ごめんなさい」
今日俺は、中学から付き合っていた恋人に別れを告げられた。正直、そんな予感はしていた。中学と高校という距離が、俺達二人の気持ちにも距離を作っていたから。時間が合わなかったり、そんなすれ違いが始まっていたから、いつかは言われるんじゃないかと、予感はあった。
誰も居ない放課後の教室。俺は一人、窓際に座り外を眺めていた。誰かが居る、傍ではなくても視界に人が居ることで安心出来た。一人という孤独が怖かったのかも知れない。
校庭には、懸命に部活に励む生徒達が目に入った。俺はそれをただ、呆然として眺めていた。そんな時、誰もいなかった筈の教室で、背後に人の気配を感じ、俺は振り向いた。
「………叶羽?」
俺を見下ろす、同室の時任 叶羽 が立っていた。なんで、お前はそんな悲しい表情をしてるんだ?
「どうしたら、立ち直れる? 俺に出来る事ない?」
叶羽はか細い声で、俺にそう告げた。俺を心配してるのか?
「叶羽にキスして貰えたら立ち直れる」
出来るだけ笑顔を作り、俺は冗談混じりにそう言った。恋人と別れた後の孤独感にいつも悩まされるけど、叶羽と一緒にいるこの空間は、俺を凄く落ち着かせていた。
俺の言葉を聞いて、叶羽は黙って唇を重ねてきた。その行動に正直、俺は驚いていた。叶羽の柔らかい唇は、俺の中にある知らない感情を昂らせた。
俺ってホレっぽいのかな?
寮の部屋に帰ると、叶羽の優しさに甘えて、俺は叶羽を抱いた。
-1-
俺が叶羽を抱く様になって、一年の月日が流れた。二年に上がっても叶羽とは同室だった事に、どこかで俺は喜んでいた。
ただ教室で校庭を見ていると、体育の授業の準備をしている一年が目に入った。一人の生徒が俺に向かって手を振ってきた。手を振り返すと、頬を赤らめながら、嬉しそうに笑っていた。
「あれ、新しい恋人?」
「あぁ……、はっ!?」
突然後ろから問い掛けられて、相討ちをしてしまったが、答えた後に振り返ると、そこには俺の後ろから窓を覗き込んでいる叶羽がいた。
「か、叶羽!?」
「へぇ~可愛い子じゃん?」
まぁ……確かに可愛い子だったけどな…。俺は、勘違いをしている叶羽の横顔を眺めていた。最近は、叶羽が可愛いと感じている自分がいる。
そんな叶羽を、俺は卑怯な手を使って繋いでる。切れない糸で繋いでる。
叶羽の優しさに漬け込んで、俺は……
卑怯なんだ。
叶羽を失うのが、怖い。それで俺は嘘を付く。嘘を付き続ける。
-2-
叶羽は結構、誰とでも仲がいい。クラスではいつも中心にいた。俺は、独り占めにしたい感情にかられて、屋上へと向かった。
屋上に着くと、空を見上げながら、フェンスに寄りかかり座り込む。卑怯な手だと解っていても、俺は、叶羽をメールで呼びつけた。
「何、お前、また失恋したの?」
「……叶羽」
数分もしないうちに叶羽は、俺の元に来た。駆けつけてくれた事が嬉しく、隣に腰を下ろす叶羽が愛しく感じていた。
「今回は続いた方じゃねぇーの? 三ヶ月だっけ?」
「二ヶ月半」
叶羽の優しさが嬉しく、顔を膝の上に俯せにした。
「俺、今回は本気だったのに……」
そして、俺は嘘をつく。
「気持ちが重いって言われた」
一度そう言われて振られてから、俺は愛し方が解らなくなった。
「やっぱ、俺には叶羽しかいねぇーよ」
そう言いながら、俺は叶羽を抱き締めた。
叶羽からする花の薫りが、俺をいつも落ち着かせる。
「……だから、俺を呼んだんだろ?」
「叶羽、俺を慰めて?」
俺は叶羽の頬に手をそえて、唇を重ねた。
「んっ………」
口を開かせて、互いの舌が絡み合う。唇を重ねたまま、俺は叶羽の頭を押さえて、地面に当たっても痛くない様に横にした。
叶羽を好きだと言ったら、重いと言われるだろうか? どう愛したら、重くないのか……
唇を離して、叶羽を見下ろすと、叶羽は何も言葉を発しなかった。それをいいことに俺は、叶羽の制服を丁寧に脱がしていった。
-3-
「あぁっ……んっ」
「叶羽っ」
俺は、叶羽の両足を抱えて、己自身をあてがう。叶羽は俺にしがみついてくる。叶羽の顔を見ると、叶羽は下唇を噛み締め我慢をする。そんな叶羽の姿を見ていると、居たたまれない気持ちになる。
「ごめん…叶羽」
卑怯な俺でごめん。叶羽の優しさに漬け込んでごめん。
「あやっ……まんなっ!」
叶羽は優しいから、俺にそう言ってくれる。本当は、俺に抱かれるのなんて、嫌なんじゃないか?
無理させてる、自分に嫌気がさすが、俺の腕の中で乱れる叶羽はとても綺麗で……。何度も望んでしまうんだ。
「あぁっ!? ……みな、とっ!」
「叶、羽っ」
叶羽を抱き締め、律動を開始させる。叶羽の声に翻弄させられる。
「み、なとっ……笑って?」
本当に、叶羽は優しい。俺は笑って、叶羽にキスをした。
「ンンッ!? ……んんんっ!!?」
唇を重ねたまま、律動を速めた。俺は叶羽の身体が気になり、腹の上に欲望を吐き出した。叶羽の中に出したら、叶羽が後で困るんじゃないかと思い、俺はいつもそうしていた。
「はぁはぁ……んっ」
これで、叶羽を離すのが嫌で、叶羽に唇を重ねた。
「叶羽……、いつもごめん」
叶羽にもう一度謝る。謝っても謝りきれない。俺は卑怯だから……。
「だったら、最初からするなよ!?」
それ以上に叶羽を手放すのが、俺は怖いんだ。
「元気だせよ?」
叶羽は俺に唇を重ねて、そう言ってきた。本当に叶羽は優しい。
-4-
あの後普通に別れて、叶羽は午後の授業には姿を見せなかった。あの行為の後はいつも、叶羽は居なくなる。俺の側に居ない。一人で叶羽は何を想っているんだろうか? 叶羽の席で、叶羽の鞄を見下ろし、俺は深く溜め息をはいた。
「あれ? 南飛一人か?」
「………桃先輩」
声を掛けられて、俺は振り向くと、教室の入り口から此方を覗き込む桃先輩がいた。
「叶羽は?」
「………」
俺が聞きたい。どう返していいのか判らずに俺は、無言になってしまった。
「……お前は、またやったのか?」
桃先輩は何故か、俺らの関係を知ってる。
「叶羽を手放してやれよ? 辛そうだぞ?」
解ってる。でも、叶羽は愛しくて手放せない。自分の弱さに腹が立つ。
「好きなら好きだと言ってしまえよ?」
「言えたら、苦労はしない」
俺の返事を聞いて、桃先輩は苦笑いを浮かべていた。
「………桃先輩だって言えないでいるくせに」
「俺の場合は犯罪になるから、言わないだけ」
小学二年生の従兄弟が可愛くて仕方ないと、前に言っていた。叶羽はどことなく似てるから、ほっとけないとも言ってたっけ?
「たまに、部活に顔出せよ?」
「気が向いたら」
俺がそう返事を返すと、また苦笑いを浮かべて、桃先輩は教室を出ていった。
-5-
「叶羽?」
「南飛……」
鞄があるから、待ってれば戻ってくると思っていたら、漸く叶羽は戻ってきた。目を赤くして……。
「叶羽……大丈夫か?」
叶羽の頬に触れ、目が痛々しく、腫れているのを確認する。また、泣かせてしまったのか。
「叶羽……泣いたのか?」
目尻を人差し指でなぞりながら、叶羽に問う。叶羽はいつも、あの行為の後、姿を消しては、目を赤くして戻ってくる。
「んっ、め、……目にゴミ、…入っただけ」
目線を反らされて、正直、ショックだった。泣いた原因が俺なんだから、本人に言うわけがないな……。
「そっか」
俺は、叶羽の頭を撫でて、誤魔化した叶羽に合わせた。
「叶羽? ……寮に帰る前にどっか行かないか?」
「どこ? ゲーセン? バーガー?」
俺がそう言うと、叶羽は席から鞄を取り、俺の隣を歩いた。
「どこでもいいや……、気が紛れる所」
「はいはい」
俺の肩を叩いて、笑いながら着いてきた。もう少し、叶羽と二人で居たくて、俺は叶羽を誘った。本当なら、あの行為の後も叶羽の側に居たい。
でも、叶羽はそうじゃないみたいだから、俺は叶羽の側に居れないんだ。
-6-
そんな関係がズルズルと続いたある日、叶羽が辛そうな顔をして帰ってきた。訳を聞いても、叶羽は笑って、何でもないと答えるだけ。しつこく聞いても、嫌われると思い俺は聞くのを止めた。
「……っぅ」
その日の夜、叶羽は声を殺して一人で泣いていた。泣いてるところを見られるのを、叶羽は凄く嫌う。泣いていた事実を知られるのも同様だった。
ただ、今日は叶羽がいつもと違う気がしていた。上のベットから叶羽がいる下のベットを覗き込む。叶羽は布団にすっぽりと潜り込んでいて、様子が解らない。布団越しに叶羽が震えているのだけは判った。
「叶羽?」
俺は思わず、叶羽に声をかけていた。俺が一番傷付けてるのは、自覚してるけど………。
叶羽には泣いてほしくない
「何? 南飛?」
必死に涙を隠す叶羽が、凄く痛々しかった。
「俺、そっち行ってもいい?」
「へ?」
叶羽の返事を聞かずに、俺はベットから飛び降り、叶羽の布団に潜り込む。
「な、なんだよ!?」
「叶羽? なんかあった?」
叶羽に何が合ったのか、どうしても気になって、もう一度聞いた。叶羽の両頬を手で包み込み、俺は額同士を触れさせながら。
「いつも、俺ばっか悪いから、叶羽が辛いなら俺に出来る事ない?」
俺の問いに叶羽は目を反らしたから、やっぱりそれ以上を、追及するのは止めた。ただ、俺に出来る事がないか、聞いてみた。
叶羽の口から出てきた言葉は、俺の想像するものとは、遥か上をいくものだった。
「……何も聞かないで、俺を抱いて?」
-7-
「んんっ!? あぁぁぁっ」
叶羽の頬に唇を落としながら、俺は叶羽のものを直に触り擦り上げた。いつもは俺が、求めるだけだったのに叶羽はこんなにも、俺を求めてくれる事に嬉しさを感じていた。
そんな俺に叶羽は唇を重ねてきた。
「ンン!?」
叶羽の口内を全て、丁寧に舐め回す。叶羽の舌を絡み取ると、叶羽はそれに答えてくれた。唇を合わせていると、叶羽のものから徐々に先走りが溢れ出す。
その先走りを叶羽の入り口に塗り付けながら、指を奥へと侵入させる。
「ンン!? っはぁ!」
叶羽の奥に指を入れて、中を掻き回すと、叶羽は耳に響く甘い声を漏らしていた。
「やぁあっ!? ぁぁ……、っあ、ひぃあ」
「嫌?」
叶羽が嫌なら止めようと思い、唇を離し叶羽の顔を覗き込んだ。叶羽は顔を赤くしながらも、黙って首を横に振っていた。叶羽の綺麗な白い肌に、唇を落として、首筋をきつく吸い付けた。白い肌には簡単に、痕が残る。
「あぁぁ!? ンン!!」
「叶羽っ……ごめんっ痛い?」
叶羽の両膝を抱え、己を侵入させると、叶羽はまた下唇を噛み締めた。下唇を噛み締め我慢する叶羽をいつも、痛々しく感じていた。
「いいっ……謝んな!」
叶羽がそう言うから、俺は律動を開始させた。
「あぁ!? ……あぁ!?」
甘い声を漏らしながら、叶羽は俺にしがみついてきた。その行為がどうしようもなく、俺の気持ちを昂らせた。
-8-
目の前で眠る愛しい人。行為の後の叶羽は、いつも俺からすり抜けていくから……。今、腕の中で眠る叶羽をいつまでも見ていたかった。叶羽の前髪を掻き上げて、額にキスをした。
「……っん?」
「ごめん、起こした?」
唇を離すと叶羽は目を覚ました。叶羽にそう聞くと、叶羽は黙ったまま首を横に振った。
「体は平気?」
叶羽の頭を撫でながら、俺は問い掛けた。叶羽が気を失うまで、抱いたのは始めてだったから……。それでも、叶羽は黙って首を横に振った。叶羽をそのまま抱き締めると、叶羽は安堵の表情を浮かべて再び眠りについた。
眠りについた叶羽の額にまた俺はキスをした。
………ごめんな。叶羽
俺は切れない糸を卑怯な手で、繋ぎ止めてる。叶羽を傷付けて、離したくないばっかりに、叶羽に辛い想いをさせて……。
本当にごめん
それでも俺は叶羽を離したくないんだ。
-9-
朝、目を覚ますとまた、叶羽は俺の腕の中からすり抜けていた。叶羽が居ない。また、俺の居ない所で泣いているのかと思うと、気が気じゃなかった。
俺は、支度を済ませて、学園に向かった。昇降口に着いた時、俺は目を疑った。叶羽が隣のクラスの百瀬に下駄箱に押さえ付けられていた。その光景を見て、俺は頭が真っ白になった。百瀬が叶羽の顎を掴み、今にも唇が付きそうな距離の顔。
「……叶羽?」
俺は思わず、声をかけていた。
「南、……飛」
叶羽は俺に気付き、目を見開いて俺を見ていた。その後直ぐに、叶羽は百瀬に視線を戻した。
「………っん!?」
百瀬はそのまま、叶羽に唇を重ねた。俺はその光景を見て、頭に血が登るのが判った。
叶羽の頬には、一つの滴が静かに流れ落ちていた。叶羽が泣いている。叶羽が……。
叶羽を泣かせるな
叶羽を傷付けるな
俺は百瀬の腕を引いて、右頬を握り締めた拳で殴り付けた。
「南飛!?」
叶羽の叫ぶ声も俺の耳には届かず。俺は、百瀬に馬乗りになり、殴り続けていた。
「南飛!!」
周りの生徒に囲まれても、俺は殴る手を止めることが出来なかった。騒ぎを聞き付けた教師が、止めに入って、俺は我に返った。百瀬を見下ろすと口の中が切れたのか、端からは流れる紅い血を袖で拭っていた。
「花沢! 説明をしろっ」
「………」
言いたくない。百瀬に叶羽がキスをされたなんて、俺の口からは言いたくない。
「花沢!」
叶羽の方に目線をやると、桃先輩と話をしていた。
俺は……。百瀬と同じだ。
叶羽の気持ちを考えずに、叶羽を傷付けて、自分のエゴだけで、糸を繋いでる。俺には百瀬を攻める資格なんてないじゃないか。叶羽を泣かせてるのも、叶羽を傷付けているのも、俺が一番している事じゃないか……。
「説明がないなら、謹慎処分にするぞ?」
「……構いません」
俺は、教師の問いにそう答えた。なんでもいいから、罰をもらいたかったんだ。
-10-
あの後、俺は一人、寮の部屋に戻った。ベッドに横になり、冷静に頭を冷やそうとしても、脳裏から離れないあの光景。叶羽と百瀬のキス。涙を流した叶羽。桃先輩に声をかけられて、安堵の表情を浮かべた叶羽。
百瀬を夢中で殴ったのは、俺自身を殴りたかったんじゃないかとも思う。俺はベットに横になり、日が沈み始めたのにも気付かずに、永遠とそんな事を考えていた。ふと、寝返りを打つと叶羽がベットを覗き込んでいた。
「……お帰り、叶羽」
「うん、ただいま」
叶羽を見たら、何だか心が穏やかになった。無意識に笑いながら叶羽の髪を触りながら頭を撫でていた。
「なぁ……、南飛? なんで言い訳しないんだ?」
俺に撫でられながら抵抗することもなく、されるがままで叶羽はそんな事を聞いてきた。
「あんな人だかりがある中、叶羽がキスされたなんて言いたくなかった」
他の奴とキスしてたなんて、俺の口からは言いたくなかった、それもある、でも叶羽をこれ以上傷付けたくなかった。これが一番の理由かもしれない。
「叶羽だって、言われたくないだろ?」
叶羽は困惑の表情を浮かべていた。そんな表情をさせたいわけじゃないのに、それに…。
「……俺は、あいつの事悪く言える立場じゃない」
そう、そんな立場じゃない。だって、俺が……、叶羽を一番傷付けているのは多分、俺自身。
「叶羽を一番傷付けてるのは……、俺だから」
俺は叶羽の髪の毛を剥いて、そのまま髪の毛にキスをした。
「今までごめんな? 叶羽の優しさに付け込んで……」
もう傷付けない為にも言わなければいけない。
「み、……なと?」
「もう二度と、叶羽を求めたりしないから」
叶羽を解放する。卑怯な手で繋いでいた糸を、自らの手で俺は断ち切った。
-11-
俺が言い切ると叶羽の瞳は揺れ、涙で潤み始める、それを見て、俺は動揺を隠せないでいた。あれ? 泣いた? 泣いたのか? なんで?
「叶羽っ!?」
瞳を潤ませながら頷いた叶羽は、そのまま部屋を出ていった。俺……。また、叶羽を泣かせてしまった?
謹慎中の俺は、部屋から出る事を許されず、ただ呆然として、叶羽が出ていった扉を見ていた。暫くしたら戻って来るだろうと、安易に考えていた俺は呆然としてる中、刻々と時間だけが過ぎていった。時間が経っても戻ってこない叶羽に、俺は焦りを覚え始める。
「………」
桃先輩と一緒かな? 叶羽が泣く時は、何気に桃先輩と一緒にいる時が多い。俺は桃先輩の携帯に連絡を取った。
「もしもし? 叶羽、知りませんか?」
俺のその問いに桃先輩は少し間を置いた。暫く返答がないまま待っていると、漸く返ってきた答えは知らないということ……。桃先輩と一緒じゃない? 桃先輩の所以外に叶羽行くところが想像付かない。
じゃあ……、叶羽は何処に?
俺は居ても経っても居られなく、謹慎中なのを気にしている余裕はなくなり、部屋を飛び出した。寮の部屋以外で教師に見つかったら、寮謹慎だけでは終わらない事は判ってる。でも……、叶羽が側に居ない不安感を止める事が出来なかった。叶羽と百瀬のキスが脳裏から離れなかったから、叶羽が泣いた顔が頭から離れなかったから……。叶羽の笑った顔を見て、安心したかったから……。
叶羽を抱きしめたかったから……。
いつも泣かせてしまうのは、俺なのに……。
-12-
食堂、交流場……。寮内の共有スペースは隈なく探した。叶羽が好きな花が植えてある花壇、思い至る叶羽が行きそうな所も全てを見たが、叶羽の姿を見付ける事が出来なかった。
叶羽の携帯を鳴らしても出てはくれない。メールをしても返信はない。何処にいるんだよ……、叶羽。
最後に思い至ったのは、百瀬の部屋。
「お前! 叶羽をどこにやった!?」
「花沢!?」
俺は勢いよく、扉を叩くと百瀬が迷惑そうな顔で出てきたのを、胸ぐらを掴んで問い詰めていた。もう、叶羽が居るところは嫌だけど、ここしか思いつかなかった。
「叶羽が俺の部屋に居るわけねぇーだろ?」
百瀬は部屋のドアを開けて、証拠かのように中を解放して見せてくれた。確かに叶羽の姿は何処にもない。靴だってない………。
「叶羽を傷付けないでくれ……っ」
百瀬の胸ぐらを掴んだまま、俺はそう呟いてしまっていた。
「はぁ?」
「傷付けるのも泣かせてしまうのも……、俺だけで充分なんだ」
俺はそう呟いて、百瀬の胸ぐらを離し、再び寮の廊下を駆け出した。
「おいっ!! 花沢!」
叶羽に会いたい。抱き締めたい。泣くなら俺の胸で泣いて欲しい。泣きやんだ後の笑った顔を一番に見たいから。
叶羽……、 もう、泣くなよ。
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