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Hakoniwa17
「遅くなってしまいましたが、三上係長……ありがとうございました」
礼を言われても、正直、困惑する。
「春先にホームで倒れていた子供を拾ったような気もするが、顔も覚えていないし、そもそも、人が倒れていたら誰だって手を貸すだろう」
思ったまま答えると、すぐ傍から宮部の声が聞こえてきた。
「はい、でも……あの時僕を助けてくれた人は、三上係長でした。あなただけでした。……それから、食堂でも優しかった」
「食堂?」
急に話が飛び、今度はなんだと記憶を遡ってみたけれど、こちらも思い当たる記憶がない。
「席がなくてうろうろしていた僕に、ここに座れって、席をあけてくれました」
「おい、それは本当に覚えてないぞ。そんなのただ自分が食べ終わったから席を立っただけだろ」
「そうだと思いますけど、うろうろしている新人が目に入っちゃったら声をかけてくれる人なんです、三上係長って」
優しい人です、と断言され、三上は更に困惑した。
「宮部、俺の事を良く思ってくれているようだが……俺は別に、優しい人間じゃないぞ。基本、自分が良ければそれで良いし、極力他人と深くかかわりたくないと思いながら生きてる」
目をつぶったまま答えると、隣から、ふふっと微かな笑い声が聞こえてきた。
「じゃあ係長、失敗しちゃいましたね」
何がだ、と眉間にしわを寄せて横へ視線を向けると、隣に横たわる宮部が口元をほころばせ、真っ直ぐな瞳で三上を見つめていた。
「係長が僕にしてくれた事……声も、全部、この先もずっと、僕の中で消える事はないから」
宮部は微笑み、聞こえない程の小さな声で、ありがとうございます、と囁いた。
そして目を瞑り、やがて小さな寝息を立て始めた。
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