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Hakoniwa 34

「どうしてだろうな……」  出て行こうとする宮部を必至で引きとめる自分が不思議に思えた。こんな感情が自分の中にあったなんて、知らなかった。  宮部の瞳を見つめる。長い前髪と黒縁眼鏡の奥で、涙を滲ませた大きな黒い瞳に見つめ返され、心臓がドクドクと音をたてた。  言葉を繋げられないまま、三上は両腕で宮部の身体を引き寄せた。全身で包み込むようにぎゅうと抱きしめると、腕の中で宮部が呻いた。苦しいとでも言ってるのか。でも離したくない。離れないでほしい。どこにもいかないでほしい。ここにいてほしい。そばにいてほしい。自分のそばに。一緒にいたい。  一緒に居たい。 「ひとりに戻れなくなったのは、俺のほうだ」  宮部の額に自分の額を押し当てると、じわりと熱が伝わってきた。宮部の額は、あったかい。  宮部の右手が三上の胸に触れた。心臓は早鐘を鳴らし続けている。 「一緒に居たい、宮部のそばに居たい」  ああ、そうか。  心の中でくすぶっていたものがストンと落ち、あるべき場所へおさまった。 「俺を宮部のそばに、おいてくれ」  この小さな男に、自分は飼い慣らされたのだ。  誰にも邪魔をされることのない小さな箱庭の中で、ふたりで静かに暮らせたらどんなに幸せだろうかと、夢をみるほどに。 ◇◇◇◇◇  宮部と暮らし始めて、三ヶ月が過ぎた。  季節は冬から春へと移りかわったけれど、宮部は変わらず傍にいる。そして最近気付いた事。  言葉の少ない自分に宮部は少々不満であるようだ。それは何気ない会話の途中で、度々起こる。 「み、三上さん、それは僕の事をす、好きって事ですか」  ぎこちない質問。三上は背後から宮部を抱きしめて首筋に顔を埋めたまま、そうだなと答えた。 「そうだな、じゃなくて、その……出来れば、ちゃんといってください」  もじもじとせがまれ、三上は渋々顔をあげた。宮部の身体を自分へ向かせて、宮部の瞳を正面から見つめなおす。見つめなおしたついでに膨らんだ唇に吸い付いた。柔らかい。ずっと食べていたい。文字通り唇を食していると、宮部が手足をじたばたと動かし抵抗を始めた。 「そ、そんなにされたら口が腫れてしまいますっ!」 「腫れるまで宮部とキスしていたい。させろ」  会社にいけなくなっちゃいますと真っ赤な顔で抗議され、渋々唇をはなすと、宮部はそれより話の続きですと三上の返答をせがんだ。 「ああ……そうだな、好きって言葉はどうもしっくりこない」 「えっ」  不安そうな表情を浮かべる宮部も可愛い。 「可愛い、触れたい、抱きしめたい、側にいたい、離したくない……逃げたら、追い詰めて、捕まえて……逃げられないように、手足をもぎとって、箱の中に閉じ込めて……」 「み、三上さん、なんだか怖い方向にいってますけど……」

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