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未来は幸せに満ち溢れている 1

 時刻は十八時十五分。  ICカードリーダーに社員証をかざし退社時刻を記録したところで、喫煙所から戻ってきた本木主任に声をかけられた。 「宮部、帰るのか」 「はい、お先に失礼します」  振り返り頭を下げると、大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられた。学生時代は柔道部だったという本木主任は大柄な体格で、手のひらも大きい。飲み会で宮部の手のひらと重ね合わせてみた事があるけれど、大きさの違いはまるで大人と子供だった。  本木主任はよく頭を撫でてくれるのだけれど、その度に宮部の髪は鳥の巣のように乱れる。 「金曜の夜だし、どうだ、軽く飲みにでも行くか」  先輩の申し出に、うっと言葉が詰まる。お誘いはありがたいけれど、少し前に三上さんから今夜は直帰だから早めに帰れると連絡があったのだ。正直、一刻も早く帰りたい。 「すみません、今日は……」  なんだよつれないなあと残念そうに笑う本木主任に、すみませんありがとうございますと頭を下げる。 「まさか宮部、三上のやつに飯作れだの洗濯回せだの、こき使われてるんじゃないだろうな? 火事の一件から居候させてもらってるとはいえ、雑に扱われてるようだったらちゃんと俺に言えよ。ビシッと言ってやるからな」 「とっ、とんでもないです! 三上係長はとても良くしてくださってます!」  誤解のないように慌てて訂正すると、本木主任は、ならいいけどと腕を組み、それから何かを思い出したように声をあげた。 「そういや今日はあいつの誕生日だったな。さては日頃のお礼にうまいものでもご馳走するのか?」 「……え? 誕生日、ですか」  本木主任を見上げると、なんだ知らなかったのかと笑われた。 「うん確か今日だったぞ、三上の誕生日。三月九日でサンキューの日って女子社員が騒いでるの聞いて、語呂がいいから覚えちゃったんだよな」  本木主任への挨拶もそこそこに、宮部はフロアを飛び出しエレベーターへ駆け込んだ。

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