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11.胸キュンじゃなくて
それからしばらくもしないうちに同僚たちが戻ってきた。その不満そうな顔を相手にしたくなかったので俺たちは入れ替わりで風呂に行くことにした。
「おい、長井!」
「後にしてくれ」
少し時間を置けば同僚たちも少しは冷静になるだろう。桂が余計なことを言っていなければいいのだが。俺はため息をついた。
大浴場の広さが好きだ。足を伸ばしても誰にも当たらないし、誰もいなければ全身で浮くこともできる。そういえば近くにいろいろな風呂があるスパのようなところがあったはずである。
「明日はあっちに行くかな」
なんともなしに呟くと、
「僕も同行していいですか」
岡が隣で言う。
「え? 別に俺に付き合う必要はないんだぞ?」
「だめですか?」
「んなわけないだろ」
側にいるだけで尻穴がきゅんきゅんするのにだめなわけがない。つかなんで尻キュンなんだ。そこは胸キュンだろう。
しかし胸が甘く疼くなんて感覚はない。やっぱり尻キュンらしい。
「じゃあ一緒に風呂巡りに行きましょう」
きゅうん、とまた尻穴が疼いた。俺の尻はいったいどうなっているのだろう。
はたから聞いたら老人会かと思うようなやりとりである。社員旅行で行く場所が風呂巡り。いや、一人で旅行などする趣味もないからこんな時ぐらい日常を忘れてのんびりしてもいいはずだ。って俺は誰に言い訳をしているのだろう。
「あ、ああ……」
岡の嬉しそうな笑みに動揺したわけじゃないんだからねッ!(何故ツンデレモード)
露天風呂にも入り、すっかり全身赤くなったところで出た。温泉は何度でも入れるのがいい。
部屋に戻ると同僚たちはいなかった。また女子社員の部屋にでも行ったのだろうか。
「迷惑だからやめときゃあいいのに」
「そういうものなんですか?」
また桂の愚痴を聞くのは勘弁してほしいと思っていると、岡に聞き返された。
「ああ。誘ってバーとか行ってるならいいんだけどな。さすがに旅館の部屋に居座られるのはいやだろ」
岡は少し考えるような顔をした。
既に敷かれている布団の枕元に自分の鞄を置く。これで寝る場所は確保できるはずだ。そうしていると同僚たちが戻ってきた。なんだかがっかりしたような表情である。
「長井~」
「どうした? 財布でも忘れたのか?」
「桂と何話してたんだよ?」
「お前らの愚痴を聞かされてただけだぞ」
「まーじーで……」
えー……と沈んだ表情の同僚たちにまぁ座れと座卓の横を示す。すでに布団が敷かれているので畳部分は少ない。そこに男二人が並んで座る。
「昼間はよかったんだと。帰ってきてから部屋に居座られたのは迷惑だったって言ってたぞ」
「なんで長井がそれを聞いてるんだよ……」
同僚が身悶えている。
「ちょっと考えろって。一般的に女は温泉が好きなんだ。一日に何度でも入るのがステータスなんだ」
「な、何故?」
「温泉に入ると肌がつるつるするとか聞いたことがありますね」
岡がいいタイミングで口を挟む。
「あー……ってことは夕方も……」
「夕飯の前に入りたかったみたいだぞ」
「今もか?」
「だろうな。浴衣着て一緒に風呂行こうとか誘えばよかったんじゃないか?」
「よし! 中島行くぞ!」
「財布は忘れるなよ? その後ホテルの居酒屋ででもおごれば完璧だろ?」
「長井! 俺は今日ほどお前が神に見えたことはない!」
「見えなくていいから行ってこい」
同僚たちはひゃっほいとでも言い出しそうである。空だって飛べそうになりながら、浴衣に着替え必要最低限の荷物を持ち意気揚々と出かけていった。
「……うまくいきますかね?」
「二十分待って帰ってこなければ大丈夫だろ」
女子社員の部屋は下の階である。忘れ物などを考慮しても二十分も待てば結果はわかろうというものだ。俺は布団に転がりスマホを取り出した。なんとなくやりだしたパズルゲームを一日一回ライフがなくなるまでやるのが日課である。
同僚たちはその後三十分過ぎても戻ってこなかった。どうやらうまくいったようである。
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