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25.即バレ壁ドンされる

「で、この安田って人はなんなんですか?」  週明けの月曜日、俺は会社の資料室で目が笑っていない笑顔の岡に問い詰められていた。片手は壁ドン、もう片方の手にはスマホ。だらだらと脂汗を流しながら誰かこないかと心配してしまう。  昨日安田は俺のスマホのLINEの履歴から岡を探し出し、連絡を取ったのだという。わざわざ俺が寝落ちたところを撮って送ったというのだ。いったい奴が何をしたいのか意味不明である。 「安田は、その、高校時代からの、親友で……」 「初めてだって言ってましたけど、本当はその人とずっとしてたんですか?」  岡がそう思うのも無理はない。けれどそれだけは断固否定する。 「違う! 俺は、安田とは本当に何もなかった! その……一昨日までは……」 「ふうん。まぁそれはいいでしょう。でも」  岡は伸び上がって俺の口唇に口付ける。 「この、”俺智のセフレになったからよろしく”ってなんなんですか? 僕は先輩のセフレなんですか?」 「……え……」  岡がLINEを見せながら言う。俺は目を丸くした。岡は違うのだろうか。 「え? だって……俺は、好きだって言ったけど……」  岡からは何も言われていない。それをはっきり言うのもどうかと思い口ごもったが、岡は気づいたようだった。  岡は考えるような顔をした。そして困ったように天を仰いだ。心なしか顔が赤くなっているように見える。 「……あー……ええと、先輩は僕と、その……恋人には……」  なんだか恥ずかしがっているような岡の様子に、俺は戸惑った。 「え……。うん、俺は岡のこと、好きだから……」  どうも歯切れが悪くなる。岡は意を決したような顔をし、まっすぐ俺の前に立った。 「先輩、いえ、智文(ともふみ)さん」 「は、はい……」  なんだか照れる。 「僕も智文さんが好きです。こんなところで申し訳ないですが、恋人になってください」 「……はい」  応えると、岡はまた俺に口付けた。今度はちゅっと触れるだけではなく、口腔内を辿るディープキスだった。 「んっ……」  会社でこんなことしちゃいけないと思いながらも、口づけが気持ちよくて止められない。俺たちはそれからしばらく濡れた音を立てながら深く口付けあっていた。 「あ、はぁ……」 「えっろい顔……今すぐ先輩を犯したくてたまりませんが、夜まで我慢します」 「あ、でも道具とか持ってきて、ない……」 「じゃあ先輩の家に行ってもいいですか?」 「うん、まぁいいけど……」  今朝安田にキレイに掃除させたので問題はないはずだ。ただ食べる物は何もない。 「岡、俺料理とか全くしないから……家になんにもないんだ」 「スーパーとか近くにあります? 買出ししてから行きましょう」 「調理器具もあんまりなくて」 「鍋はありますか?」  そんなことを話していると、資料室の扉が開いた。 「あ……」  それはどこかで見た女子社員だった。 「し、失礼します……」 「ああ、ごめん。邪魔になるから出るよ」  岡を促して狭い資料室から出ようとする。その女子社員は確か岡の同期だったような気がした。 「佐藤さん何を探しに来たの? 手が届かないところにあるやつなら取ってあげるよ」  岡がにこやかな笑顔でそう言った。何故かまた目が笑っていない。 「い、いえ、大丈夫です。ありがとう……」  女子社員は慌てたように手を何度も振ると、俺たちに退室するよう促した。確かにこんな狭いところで男二人に囲まれたくはないだろう。ただこの資料室はフロアの端にあるから彼女一人にするのも危険だ。 「近くで待っていよう」  資料室を出て岡に声をかけると、岡は優しく笑んだ。 「先輩は優しいですね」  そんなことは全くないと思う。彼女は少ししてから出てきた。手ぶらだったことから目当ての資料が見つからなかったのかもしれない。俺たちが資料室の外にいたことにすごくびっくりした様子だったので、女性一人でここにいるのは危ないと思って待っていたと弁明させてもらった。彼女はひどく恐縮していた。そんなに気にすることないのにと思ったが、まだ何故か岡の目は怖いままだった。  不可抗力とはいえ安田としたのは確かだから、機嫌が悪いのかもしれない。 (も、もしかして”お仕置き”とかされたり……?)  どきどきしてしまう。もう俺の頭に女子社員のことは欠片ほどもなかった。

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