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1 それは突然の

 蓮二は困惑していた──  今夜は職場の飲み会に参加し、近くの居酒屋に同僚たちと集まっていた。  蓮二は元々こういった飲みの席は好きではなく、誘われても遠慮することが多かった。それでも仲間の「送別会」と言われてしまえば断ることもできず、渋々店に出向いていた。それなのに送別会とは名ばかりで、見知らぬ女も数人その場に参加している。どういうことかと幹事に聞けば「合コン」なのだと当たり前のように言われてしまった。 「いやさ、出会いがなかったって言われちゃさ、女の子セッティングしてやんなきゃって思うじゃん?」 「俺は送別会だって言うから来たのにふざけんなよ」 「まあまあ、送別会はまた後日ってことでさ、蓮二君そう言わずに楽しもうよ」  ヘラヘラとそう言って適当に蓮二に酌をし、対面に座る女の方へと向かう幹事である同僚をひと睨みする。  蓮二の職場は学習塾だ。誘われていないのか女性講師はこの場にはいなかった。  個人的に仕事終わりに少数で飲みに行ったりすることはあっても、こうやって人を集めて飲み会を開催することは滅多にない。それでも「送別会だから」と誘われ渋々参加したのに、気分は最悪だった。  ゲイである蓮二にとって、女は全くの対象外。おまけにベタベタとアピールされるのもこの上なく不愉快だった。  蓮二はその場から逃げるようにトイレへ向かう。適当に金だけ渡して家に帰ろう、そう思って幹事に「先に帰る」とメッセージを送ろうとスマートフォンの入った鞄も手に持った。 「あの……大丈夫ですか?」  トイレに立ち寄ったものの、目の前には便座に抱きつくようにして蹲っている男の姿。個室は他にもあるし放っておけばいいのだけれど、ちらりと見えたその男の顔に目が釘付けになってしまい、蓮二はその場から動けなかった。 「うぇ? ううん、大丈夫じゃない……動けない」  ヘラっと笑った顔が猛烈に可愛いかった。酔い潰れ醜態を晒す目の前の男を見て、酔いが回ったかのように自分の頬が紅潮するのがわかる。  初めて感じたこの感情は、きっと「恋」なのだろう。しかも蓮二にとって初めての恋……  ──これが一目惚れというものなのか?!  こんなにも無様な男に、ドキドキとときめいているのが何よりの証拠。恋愛対象が自分と同じ「男」なのは早くから自覚していた。それでも本気で好きになった人はおらず、蓮二は今までひとり真面目に生きてきた。    酔ってはいない。酒は強い方だと自負している。酒の席で失敗など今まで一度だってしたことはなかった。それなのにこの一目惚れした相手を目の前にして、蓮二はこれからどうしようかと頭を巡らせる。「動けない」と言っているくらいなのだから自力ではどうすることもできないのだろう。ならこのまま自分の家に連れて行き介抱してやればいい。  酒のせいで蓮二は自分が冷静な判断などできていないことに全く気付かずにいた。  そうだ! そうしよう! 善は急げだ! と、蹲っている男に声をかけようとしゃがみ込むと、さらに背後から声がかかりドキッとした。 「智〜! 何やってんだよ、大丈夫か? 全くもう、少しは学習しろよな」  この男の仲間なのか、親しげに話しかけてくるこの人物も同じくらいの年齢に見える。蓮二は咄嗟にこの酔い潰れている「智」と呼ばれる男の体に手を添えて、新たに現れた人物の顔を見た。 「あれ? お兄さん智の知り合い?」 「ああ……俺が連れてくから大丈夫」  思わずついた嘘に自分でも驚く。でもせっかくの知り合うチャンスを失いたくないと思ってしまった。これは普段の真面目な蓮二なら考えられない行動だった。

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