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第2話

 背の高い男が立っている。  駅から出る所で、突然の雨に降られて困って立ってるだけなんだろうけど、カッコイイ。そう思うのは俺だけじゃないみたいで、チラチラ周りの女性も彼を見ている。  いいな、俺もあんなに格好良かったらペット枠から飛び出せそうなんだけどな。  そう思って眺めて、ふと気づいた。あれって、ユカコさんがプレゼントした手袋じゃない?よくある黒いやつじゃなくて、青みがかった深い紫色に見覚えがある。ユカコさんがあのプレゼントを買う時に付き添いしてたアリサさんと偶然店で逢ったのだ。  アリサさんに「アンタもあの手袋が似合う位イイオトコならなぁ」って言われて、その夜は『他の男と比べられて拗ねる俺と機嫌を取る彼女プレイ』で楽しんだ。俺もアリサさんも、俺がそんないい男にならないって知ってるし、どっちかと言ったら俺はペットで、可愛がられる方だ。  人違いかもしれないけど、人違いじゃなかったらラッキーだ――と、声をかけてみる。 「ねえねえ、そこのカッイイお兄さん。もしかしてユカコさんの彼氏さん?」  え?と驚きながらも、まじまじと俺を俺を見る彼に確信する。これは、ラッキーの方だ。 「ユカコさんの彼氏さんの新堂さんでしょ? 俺、ユカコさんの友達のアリサさんて知ってるかな?の知り合いで、ユカコさんのお話聞いてたんでそうかなって思って」  不審者を見る目。 「あぁ、そうなんだ?アリサさんは存じないけど‥」  軽く追い払おうとするのが分かるよ。ま、当たり前か。俺、どう見ても不審だもんね。 「手袋、プレゼントでしょ?それ選んでる時に偶然アリサさんとユカコさんに店で会ったんです。『こういうのが似合う男になれ』なんて言われて――。でもホント、話で聞くよりカッコイイっすね!男の俺でもカッコイイって思ったよ」  そう言ってにこっと笑う。俺のこの笑顔が、他人の警戒心を解くのは経験から良く知ってる。『人懐こくてカワイイ笑顔』これは、俺の武器だ。 「ね、ここで会ったのもせっかくの縁だから、食事とか行きません?急の雨で困っちゃって…腹減ったし」  カワイく食い下がって、引き留めて、俺のペースで事を進める。  「じゃあちょっと濡れるけどすぐだから」と、本当にすぐの所にある店に連れていかれた。飲み屋みたいだけど、居酒屋というより小料理屋って感じだ。  女の子とはもっと小洒落た店に行くし、男同士ではせいぜい居酒屋で、上品すぎず煩すぎない居心地の良い空間に慣れずに、ちょっと落ち着かない。  新堂さんの頼んだ料理も上品な和食で、呑める?と聞かれた酒は日本酒だった。食べ物はガッツリ系で酒はカクテルかチューハイが常の俺には、ちょっとだけ背伸びして大人の世界を覗いてるみたいな気分だ。 「それで、君はユカコちゃんの友達?ユカコちゃんの友達の恋人なのかな?」  一息ついて、新堂さんがまっすぐ俺を見て話しかける。真面目で真っ直ぐな印象だ。 「ユカコさんの友達の友達なのかな?ユカコさんの友達のアリサさんが俺のこと可愛がってくれてて。すごいいい男だって惚気話を聞かされるって。ユカコさんと直接話したのはちょっとなんですけど、その時も新堂さんの惚気だったからどんな人かなぁ。って気になってたんですよね」  新堂さんは「そうなんだ」なんて腹の中が見えない返事をしてる。友達で可愛がられるは、えっちな意味を含めて可愛がられてるんだけど、その辺は濁しておく。アリな人は気付くし、ナシな人は気付かない。ナシの人にわざわざ教える程バカでもない。 「女の子をあんなに夢中にさせちゃうコツって何ですか?プレゼントとか?デートとか?教えて下さいよ。俺いつも振られちゃうんですよねぇ」  本当は俺の振られる理由なんてわかってる。お互い遊びで、相手が俺に飽きちゃうからだ。 「私だってそんなに言われる程じゃないよ。振られる事の方が多いし…」  ま、勃たないんじゃしょうがないよね、と付け加える。もちろんそれは心の中だけで、表面上はお兄さんに憧れてる風のキラキラお目目のまま。 「そうなんですか?俺から見てもなんか雄っぽい、大人の男って感じして、振られるなんて信じらんないな」  これは、ホント。若い感じのガツガツした男っぽさじゃなくて、しっとりするみたいな雄っぽさがある。いいな、絶対これ、モテる。こんなだったらホント入れ食いじゃん。  羨ましさ半分、憧れ半分で言い募ると、ポーカーフェイスだった新堂さんの表情が少し崩れる。 「それが、振られちゃうんです。本当にモテるやつは30手前まで独身なんてないよ」  なんて、苦笑する顔もなんか色っぽいんですけど。俺にないもの、持ってるな…ちょっと羨ましい。でも、ここはアレを聞いとかないとね。 「あの…」  ちょっと声を潜めて身を乗り出すと新堂さんも「ん?」と耳を傾けてくれる。 「ここだけの話、そんなに色気あったらアレもすごいんですか?俺あんまし喜ばしてあげらんなくて‥。コツあったら教えて下さいよ」  俺は自分が気持ちいいの優先だから、実のところは前戯なんて義務感でしかない。だから余計に早く飽きられる気はしてる。けど、それでいい。だって、アッチもアッチでみんな勝手に気持ちよくなってる。多分俺じゃなきゃダメな理由なんてない。  でも、手っ取り早く気持ちよくしてやれる方法があるなら、知っていて損はない。 「…っ!!なっ…」  ばっと顔を上げて、俺の顔をまじまじと見る。  ん?もしかして、照れてんの? 「からかわないでよ、もう‥」  目が泳いでますよ?なに、それ…もうすぐ30になる大人が、そんなことで狼狽えるの?ちょっとびっくりする。可愛いかも‥。 「だって、興味があるんだもん」  でも、すぐに立て直した。 「別に‥普通だよ。特別なことはしてないよ」  特別な事しなくて「前戯は上手」なんて言われる事はないと思うけどな。 「それじゃ、わかんないよ」 「ほんとだよ。そういう事なら、君の方が詳しいんじゃないのかな」  経験は、年の割にはあると思うけど、俺が詳しいのは自分の気持ちよくなり方だけで、女の子を気持ちよくする方法は詳しくない。 「俺、詳しくないよ。そっかぁ、普通が一番なのかなぁ」  ここで食い下がるのは得策じゃない。警戒されたり苦手って思われたら困るので素直に引き下がっる。  引き下がったはずなんだけど‥、呑みなれない日本酒を舐めてるうちに結構酔ってきたかもしれない。いつの間にかまた同じ話題に戻ってきている。仕方ない、だって結局のところ一番興味があるのはそこなんだから。 「理性ふっとばすみたいな、気持ちいいのやってみたくて‥、そういうのない?」  新堂さんは言い募る俺の話をただ「うんうん」と相槌を打ちながら聞いてくれる。 「だから、教えて貰いたいんすよ!」  酔ってる自覚はあるけど、こういう時って止まらないんだよな。 「また今度ね」  新堂さんからは掴みどころのない返事。気がないのがバレバレだ。 「そうやって逃げる気でしょ!ホント切実なんです!ね、新堂さんしか頼れる人いないんですよ。俺のまわりに新堂さんみたいなモテる大人っていないもん」  でも俺も引き下がらないよ。 「そんなことないだろう。私なんて普通だよ」  そう言って、お猪口の日本酒を飲み干す。いいなぁ、男前だとそんな仕草も様になる。 「ほら、それ。自分のこと『私』って言うのとかもさ‥、大人だなって思っちゃうんだよね」  そんな俺の言葉に軽くふっと笑う。ちょっと子供っぽ過ぎたか?困ってるんだろうなぁってわかるけど、離さないもんね。 「じゃ、連絡先交換しよ。またこうやってごはん食べようよ。それならいいでしょ。‥それとも今日、つまんなかった?俺の話ばっかり聞いてもらっちゃったもんね‥」  しおらしい事を言いながら、それでも食い下がる俺に新堂さんも折れた。 「じゃあこれ‥」  慣れたしぐさで名刺を出されるのに驚いた。大人ってこういうもの?連絡先交換てスマホじゃないんだ!驚きついでにうっかり受け取りそうになりあわてて言い募る。 「ちがう、ちがう。携帯の番号教えてよ。アプリ使ってる?」 言いながらスマホの画面を差し出した。 「あぁ、そうか。そうだね‥仕事じゃないのにすまないね」 出した名刺を引っ込めようとする新堂さんの手から、すかさず掠め取る。 「でも、これももらっとくよ。名刺もらうことなんてあんまないから‥」 こんな紙切れ一枚で働く男を感じるなんて、やっすいな~と思うけど、まぁでもそんなもんかって気もする。俺が名刺もらったのなんて片手で足りる。しかもプライベートで、なんてゼロだ。ちょっといい気分。 「アプリね、使ってるよ。今は仕事もプライベートもこれが必須だね」 そんなことを言いながら連絡先を交換する。  やった!今日の収穫!!女の子じゃないけど――。いつもなら女の子じゃなきゃガッカリする所だけど、今日は純粋にちょっと嬉しい。新堂さんが思ったよりいい人だったから?  そう考えて、‥違うな。新堂さんに女の子とスルのと同じような事求めてるからだな。って冷静な自分が意見した。

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