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 晴輝の真っ赤に熟れた瞼を見つめて額同士をぴたりと触れ合わせると、二つの視線は甘く絡み合う。  黒く濡れた瞳の中には、喜色を堪えられない自分の姿が幽閉されていた。 「キスしてええ?」 「うん、いいよ」  その瞳が瞼に覆われたのを確認した後、俺は晴輝の唇にキスを落とした。  お返しと言うようにちゅっ、ちゅと触れるだけの愛らしいキスを額や頬、顔中に落とされる。  晴輝に口付けをされるたびに好きだ、好きだと言われているようで、言葉には表せない多幸感が胸に上り詰めた。内に秘めきれなかった喜びが溢れ出し、顔中の筋肉を緩ませていた。  身体中が幸せだと叫んでいた。 「……ニヤけすぎだろ」 「だって、嬉しくて」  無意識のうちに上がる口角を指摘されるが、晴輝自身の頬にも幸福の笑みが刻まれている。  言い返してやろうと口を開くと突進するように抱きつかれてしまう。  晴輝の身体を支えるために両脚に力を入れたが、細くなったとは言えど成人男性、蛍光灯の白い光と目が合ったときには床に尻餅をついていた。  腰に鈍い衝撃が走る。痛みから顔を歪めていると、寝転がる俺を挟み込むように晴輝の両手が床に置かれていた。真上を見ると馬乗りになっている張本人と否が応でも目が合う。  押し倒すような形で俺に覆いかぶさる晴輝の大きな双眸は涙を一杯に溜めており、その潤みに縁取られた睫毛は瞬きに合わせて儚げに動く。  煌めく瞳は俺を射抜いて離さない。  じゃれつくように肩を掴んで晴輝の身体を引くと、彼はいとも簡単に天を仰ぐ俺の横にごろんと寝転がった。手足に伝わるひんやりとした廊下の冷たさは、夏の訪れを疑うほどに心地が良い。  隣に視線を寄せて寝返りを打てば、天井を見たげたまま困惑をその顔に浮かべている晴輝がいた。 「好きだよ、駿佑。だから、ほんまは誰だってええんやろ! なんてもう言うなよ。結構傷ついたんだからな」 「それは……ごめん、もう言わない。晴輝の嫌がることはもうしないから」 「無理矢理キスしたりしない?」 「しない」 「誓う?」 「誓う」  視線を天井に這わせていた晴輝が身体の向きを変えて瞳を覗かせる。  ありがとう、そう言って薄い唇をふわりと綻ばせた晴輝のセットされていない黒髪に俺は手を伸ばした。触り心地の良い髪の波に沿って、まるで硝子細工でも触るような手つきで何度も撫で、梳いた。  腰骨にフローリングが当たり鈍い痛みを感じたが、そんなことは少しも気にならなかった。  部屋中が幸福感に飽和される。  もう手放せないと思った。  たくさんの好きが溢れ出て止まらなかった。  この幸せが永遠に続きますようにと、願わずにはいられない。  瞼を閉じて幸せに浸っていると、互いの声と身じろぐ音しか存在しなかった廊下に突然踏み込む大きな音。  先程まで充満していた甘い雰囲気を打ち壊すようにして開かれた玄関の扉と流れ込む空気に飛び上がり、身を起こして振り返る。  玄関には柚葉を先頭に奏多と和人の姿があった。  眼をギョッと瞠ったのは俺だけでなく三人も同様で、次第にそれは呆れを混じえた表情に変わっていく。 「うっわぁ……そういうパターンか」 「なんで廊下で寝転がってイチャイチャしてんだよ」 「えっ、なんでみんなおんの!」  奏多と和人の言葉を遮って声を荒らげた俺は突然のことに圧倒されてしまい、状況を整理することさえ出来ない。  隣に座る晴輝が蚊鳴くような声でやば、と呟いた。  首を回して晴輝に視線を移すと、しまったと分かりやすく表情を硬直させた彼は気まずそうに下唇を噛み締めていた。何かやらかしたんだなと悟る。  失礼しましたぁ、と間延びした声を上げて扉を締めた柚葉の苦笑いには安堵の色が込められていた。  パタリと音を立てて扉が閉まる。一瞬の静寂の後、立ち上がった晴輝はバタバタと足音を鳴らして玄関に向かって走り出した。 「ここまでみんなと一緒に来たんだよ! それで、十分経っても連絡がなかったら乗り込むって言われてて……」 「はっ?何やそれ、先言えや!」 「ごっめん、忘れてた!」  本当に申し訳ないと思っているのか、高笑いを見せる晴輝に対してこの状況で何笑ってるんだと心の声は言っていたが、楽しそうにケタケタと笑うその姿に釣られて笑みが漏れてしまう。  一緒に笑い合えればそれでいい。  その後、なんとか部屋に引き戻した三人に揶揄われたのは言うまでもない。 巡る巡る いつまでも巡る 籠の鳥なる梅川のように あなた は ぼく から 逃げ出せはしない 落ちる落ちる どこまでも落ちる 焦がれて通う廓雀のこどく ぼく は あなた から 抜けだせはしない 手を伸ばしひとの目を掻き分け あなたの瞳さえ奪われたとしても 心までは盗めはしない 堕ちる堕ちる ふたりで堕ちる 堕ちているのは あなた と ぼく だ 俺達の友情、やり直しです。【完】

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