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番外編『悠君、お泊まりに来る』15

『で、君達夫婦宜しくやってたんだと思うけど、悠が帰ってからずっと、皐月の家に帰るって泣いて困ってるんだけど………。』 黒瀬の呆れ返った声が携帯越しから聞こえた。あれから身体が回復した自分は悠とお風呂に入ったり、ゲームしたり、休日は蒼とドライブしたり、黒瀬が出張を追える日まで散々楽しんで過ごした。 悠に「サツキ、あーんして!」と強請られ、蒼の前で口を開けてケーキを食べさせてくれた。勿論、蒼は微笑ましく笑っていたが薄緑色の瞳は笑ってなく、案の定、夜は書斎で散々抱かれた。 小さな子供を相手してるのか、大きな子供を相手してるのかこっちも大変だった。 いい加減、蒼の嫉妬深さも少し直して欲しいと心の片隅で思っている。 「………まぁ、こっちは出張の度に喜んで預かるよ。悠にはいつでもおいでって伝えておいてよ。」 そう言いながら、進まない原稿を眺める。 今日は蒼も朝から忙しそうに出勤している。 普段と変わらない日常だが、悠がいないと分かるとなんだか夕方のお迎えが恋しくなる。 『ありがとう。そう伝えておく。あ、あとロンドンの件、ありがとう。悠も向こうに行く気になったみたいで前向きに勉強してるよ。何か話したの?』 ロンドンの件とは13歳で入学する全寮制の私立の中等教育学校だ。学費が非常に高く、入学基準が厳格な為に、優秀で裕福な生徒のうち限られた生徒のみが世界中から集まっている。 せっかく慣れて来たボストンの生活に悠は嫌がっていたが、いつの間にか前向きに捉えるようになった。 「いや?俺は何も……………。そういえば、蒼が弟の紅葉(もみじ)さんが一言、口添えて紹介状書いてくれるそうだよ。」 蒼の弟である紅葉が悠が行く予定の学校の卒業生らしく、今だに卒業してからも多額の寄付をし続けている。悠を気に入った蒼は何か力になれないかと、紅葉に口添えを頼んだようだった。 『…………ああ、蒼さんから聞いたよ。ありがとう。これで蒼さんに頭が上がらなくなりそうだけど、素直に受け止めておくよ。』 黒瀬は不満のある声を滲ませていたが、少しざまぁみろと思ってしまう。いい気味だ。 「ま、これで悠が黒瀬より良い男になったら、将来、悠に惚れちゃうかもな。」 『………………ごめん、皐月。それは絶対、悠には言わないで欲しい。君はそうやって僕の息子まで手を出すのは、流石に禁忌だよ。蒼さんだって、それはそれで見かねて怒る筈だ。』 黒瀨は強い口調で、不満そうに言った。 「ご、ごめん。言い過ぎた、悪い。」 『悠のファーストキスだって君に奪われたら溜まったもんじゃないからね。あ、そうだ。君に最後に訊きたい事があったんだけど………。』 「なんだよ?」 どうせくだらない事だ。黒瀬から自分に訊きたい事なんて、昼のワイドショー番組より内容が薄い筈だ。 『悠が皐月の下の毛、ないって言うんだけど……―――――――。』 眩暈がしそうで、静かに電話を切った。 やっぱり黒瀬との会話は頭痛が止まらない。 悠が黒瀬のように育たない事を切に願ったのは、言うまでもない。

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