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ボランティア研究部・部長の日々
桜下(おうか)高校、ボランティア研究部、通称ボラ研。部長の瑞樹は忙しい。
名前のとおりボランティア活動に特化した部活であるが、その活動は多岐にわたっていた。校内に留まらず、校外活動も盛んである。
むしろ校内での活動のほうが大人しいかもしれない。校内では校舎内外の清掃活動、備品や設備の整備、あるいは「先生の手伝いに人手が足りないから」というときに向かったりもする。校内では大体『なんでも屋』扱いである。
『ボランティア』の名がそのとおりになるのは、むしろ校外活動。
清掃活動はよくある活動であり、それは学校と変わらないが、そのほか駅前で募金活動をしたり、小学校へ赴いてレクリエーションをしたり、あるいは老人ホームへ出し物をしに向かったりする。
土日に活動があることも割合頻繁にあって、そういうときは大概、普段できないような遠出になったり時間がかかったりするような校外活動へ向かうのだった。
今日は月曜日、週頭から活動があることはあまりない。
一ヵ月に一度、おおまかな活動方針を決めるのだが、それを細かく配分するのが月曜日なのだ。大きな活動予定がなければいきなり活動に入ることもあるけれど、少なくとも部長自ら活動へいくことはほぼない。
何曜日になんの活動を、部員の誰がどの活動を、そして週末に活動があるならそのアポ取りや計画をしたりもする。一週間のスタートにふさわしいといえた。
活発であるが、細かいところまで気の回るようなきっちりしたところもある性格の瑞樹には苦でないどころかむしろ楽しい作業でもある。
瑞樹が部長になったのは、前三年生の引退時からだ。ごく普通に、二年から副部長を務めていた瑞樹が指名を受けた次第。
瑞樹も特に断る理由がなかったのでそれを受けた。好きでやっている部活だ、部長になれば多少忙しくなるのはわかっていたけれど、そのぶん普通の部員には見えない面白いこともあるだろう。そう思って。
そして実際、瑞樹はなかなか良い部長である、と自負していた。
まだトップに立って半年もしていないとはいえ、ここまで大きなトラブルなくやってきたし、部員も瑞樹を信頼してくれている。
人手が必要なだけに割合大所帯なので、新一年生を何人も迎えたけれど、その子たちも学校生活および部活動に慣れて落ちついてきて、六月現在、比較的まったりしていたといえる。
そんな、月曜日の瑞樹。副部長や、二年、一年のリーダーを受け持たせている生徒数名と打ち合わせをしていた。
今週は普段通りの活動。特に急用が入らなければ校内の清掃活動と、ほかには花壇の手入れなどで終わる予定だった。
特別なものとしては、放送室の機材の手入れを頼まれていた。なのでそちらに人員を配置しなければ、という話をした。マイクやスピーカー、カメラなどの機材の調整が入るので、機械に強い部員をメインにしなければいけない。その選出などなど。
今はまだ余裕のある時期だけれど、そろそろ暑くなってきていて夏休みを視野に入れる頃。夏休みになにをするのか。大まかには案を出しておいてもいいかもしれない、と思う。
せっかくの長期休みなのだ。ダラダラと通常活動で潰してしまうのは勿体ない。
活動的な意味でも、部の存続という意味でも。ここで一発大きなことをやるべきなのである。
去年は合宿へ行った。海へ行ったのだ。
勿論、海の清掃活動をした。近くの小学校の生徒相手に、ウォークラリー大会なども催した。どちらもなかなか好評を博した。
しかし高校生の合宿なのだ。同じくらい、大いに遊んだ。海で泳いだし、夜は近くの森で肝試しなんかもした。それでなくとも泊まりというだけで楽しいものだ。
今年もそういうものをしてみたい、と瑞樹は思うのだった。それはリーダー的存在の生徒だけでなく、出来る限り部員全員を集めて会議をしたいと思う。
特に今年初めて参加する一年生からは、初参加ならではの違う視点の意見が出るかもしれないし。そういうものを聞くのも参考になるだろう。
「じゃ、今週はそんな感じで」
書記の二年生が部室のホワイトボードに今週の予定を記入し終えるのを見て、瑞樹は言った。これで今日の活動は終わりである。
「はい、部長」
おつかれーっす、という言葉が溢れて、真面目に打ち合わせをしていた空気から一転、部室に緩やかな空気が流れた。
「俺は用があるからもう帰るなー」
使っていた筆記用具などを鞄に詰め込んで、瑞樹は言った。
「戸締りきちっとしてくれよ、じゃーなー」
別に部長といえども毎日最後まで残るわけではない。鍵を持っている生徒がいればその子に任せて構わない。
よって瑞樹はさっさと部室を出た。まだちらほらと生徒がゆく廊下を歩く。今日はやることがあるのだ。放課後、玲望の家に行くという大事な用事が。
「今日、家行っていいか?」
授業が終わったあとに、隣のクラスの玲望を捕まえて、約束を取り付けた。それだけで瑞樹のしたいことを察したのだろう。玲望は顔をしかめた。
まったく、そんな顔はやめてほしいものだ。仮にも恋人が家に行こうというのに。
まぁ、やろうとしていることが玲望の気に入らないことなのだから、そういう顔をされる理由もわかるけれど。
「……嫌って言っても来るんだろ」
渋々、という様子であったが玲望は受け入れる返事をしてくれる。瑞樹は笑った。にっこりと。
「そうだな。じゃ、部活終わったら行くから」
懐柔するようなその笑顔に、玲望はますます嫌そうな顔をした。
「ゆっくりしてこいよ」
「はいはい、早く行きますよー」
そう言って、ひらひらと手を振って別れたのが二時間弱前になる。
ちなみに玲望は部活に入っていなかった。代わりにバイトをしている。貧しいのだから当然かもしれないが。
学費や基本生活費やらなんやらは一応、家から出してもらっているようだが、お小遣いまではもらえないので自分で稼がないといけないらしい。
スーパーでレジ打ちのバイト。たまに売り物にならない食材や賞味期限切れの惣菜なんかがもらえるらしい。生活費の節約にもなって一石二鳥なんだ、と玲望は言っている。
でも今日はバイトもないはずなので、玲望は学校で友達と過ごすか、なにかほかのことをするか、もしくはさっさと帰宅して一人で過ごすかしているはずだ。
さて、今日はどんなことになっているか。
ちょっと楽しみになりつつ、瑞樹は昇降口で靴を履き替えて、外へ出た。学校から近いところにある、玲望の家に直行だ。
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