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美形高校生とボロアパート

 基宮 玲望(もとみや れも)、高校三年生。瑞樹の学校での、目下の親友。  サラサラの金髪に翠の目なんて、麗しすぎる外見をしているというのに彼の住んでいるのはボロアパートである。ギャップがありすぎる、と初めて知り合ったとき瑞樹は思った。  流石に初めてここにきたときはだいぶ引いた。現代にこんなアパートがあることも引いたし、こんなところに若い高校生が住んでいることにも引いた。だが、事情を聞けばまぁまぁ納得はできるものだった。  玲望の実家はだいぶ貧しいらしい。おまけに兄弟が多くて、部屋が足りなくなったからと、高校生になるなり一人で暮らせと追い出された。なんて、玲望は笑ったものだ。  別に家族と険悪だとか、そういうわけではないらしいけれど。春先にはたけのこの煮物なんかを振舞われた。玲望が作ったものだが、そのたけのこは実家からもらってきたものなのだという。一体どこの山から採ってきたのだろう、と瑞樹は思ったが、詳しいことはわからない。  そう、たけのこを煮物にするくらいには玲望は料理上手だった。ボロアパートに暮らしているくらいだから、金に余裕があるはずはない。必然的に自炊生活だ。  凝った料理を作るわけではない。基本的に男子メシ。  けれど男子高校生としてはハイレベルといっていいほどの食事を作れる腕がある。チャーハンを作れば米はパラパラだし、肉じゃがはほっくりやわらか。  初めて振舞われたとき、瑞樹は「嫁みたいだ」なんて場違いなことを思ったものだ。嫁、どころか恋人でもなかった頃なのにである。 「ほい、お土産」  瑞樹は入った畳敷きの居室にどっかり座って、それからやっとビニール袋を突き出した。瑞樹がそんな振る舞いをしても、もう玲望はなにも言わないけれど。 「さんきゅ。……お、アイス!」  中身を取り出して、玲望の顔は輝いた。 「さっさと食おうぜ。今日はあっちーから」  ついさっきコンビニで買った棒アイスは、新商品の塩レモン味。アイスというか氷菓だ。ざくざくとしているのだろうと、パッケージの写真から思わされた。薄い黄色で爽やかな見た目。  毎回玲望のアパートにくるとき瑞樹は、ペットボトルの飲み物やコンビニ菓子をひとつ、ふたつ持っていく。茶化す理由としては、ショバダイとして、とか。  貧しいのが基本なのだ、玲望の財布の紐は非常に硬かった。学校ではそんな様子、見せないけれど。  ランチは弁当だけどこれは学校の半分くらいの者がそうなのだから、別に目立ちやしない。弁当派生徒の弁当を作っているのはほとんどがお母さんだろうが。  ノートやペンなどの文房具をケチったりもしないし、教科書やなんかもちゃんとしている。辞書だってそう高いものではないけれど電子辞書だ。  だが必要最低限で、格好がつくものしか持っていないし、手にしない。  そういう玲望は食材だって余計なものをコンビニやスーパーで買わないし、つまりアイスもあまり買わない。冷たいものを食べたくなったときのためには冷凍庫に氷がしっかり作ってあるし、暑ければそれでアイスティーやなんかを作るし、もっと暑さを拗らせればそのままガリガリ噛んだりもする。  今日は暑かったので、差し入れにはアイスをつい選んでしまった。なんとなくレモンは玲望を思い出させるし、実際金髪だからそういう名前をつけられたらしい。女の子みたいな名前を、なんて本人はたまに不満を言うけれど。  ありがちな黒髪をただの短髪にしている、どちらかというと地味かもしれない自分の外見を思うと、瑞樹にとって玲望の容姿は眩しすぎるくらいで、そして特徴的でいいなとも思う。  アイスを買うにあたって塩レモン味なんて選んだのはそこ、玲望の外見からだ。そのくらいには玲望のことをそこここから考えてしまう、と瑞樹はたまにくすぐったくなるのだ。 「いただきまーす」  二人して、びりびり、と包装を豪快に破って、ぱくりと咥える。 「ん! しょっぱ!」  ひとくちかじって玲望はきゅっと目をつぶって言った。だがそのあとにすぐ付け加える。 「……酸っぱ? どっちだ?」 「んー……酸っぱいほうが強いかな、俺は」  塩レモン、なので、塩のしょっぱさとレモンの酸っぱさが同時にある。どちらが強いかは、瑞樹は『レモン』と取った。  玲望は確かめるようにもうひとくちかじって、そして今度は口の中で味わう様子を見せる。 「そうだなー……確かにレモンだな」 「だって塩はオマケだろ」  『塩レモン』なのだからメインはレモンで、塩は添え物に過ぎない。茶化すように言った瑞樹に、玲望もくすっと笑う。 「オマケ言うなよ」  部屋の開けた窓からは涼しい風が入ってきていた。そろそろ夕方に差し掛かる。昼間はだいぶ蒸すのだが夜はまだ涼しいこともある。  六月も終わり。先月変わった夏服もすっかり馴染んだ。瑞樹と玲望にとって、夏制服を着る、最後の夏である。

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