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よもぎを咥えた謎男子

 玲望と初めて会ったときのこと。瑞樹はよく覚えている。なにしろ衝撃的だったのだ。  二年前、瑞樹がまだ一年生の頃のゴールデンウィーク明けのことだった。入学してすぐボランティア研究部に入っていた瑞樹はその日、裏庭の清掃担当に宛てられていた。  ボラ研の活動にも少しずつ慣れてきて、ゴールデンウィークに開催した小学校でのドッジボール大会でも活躍できて、単純なことに部活がそれで一層楽しく感じてしまったのもある。  よってただの放課後、ただの裏庭の清掃でも、うきうきとして向かってしまった。  その裏庭。茂みに似合わぬものが見えた。  つやつやした金色が太陽に照らされて、太陽よりもっと輝いていた。  綺麗だった。綺麗ではあるが持ち主は茂みの前にしゃがみこんで、なにか草を弄っていたのが謎であった。 「なにしてるんですか?」  相手が何者なのかわからなかった瑞樹は敬語で話しかけた。先輩であったらため口をきくわけにはいかないし。  こちらに背を向けてなにやら手を動かしていた相手は、びくりと肩を震わせた。ばっと振り返る。  その顔を見て、瑞樹は何故かどきりとしてしまった。  はじめに目についたのは翠の目。新緑の色をしているその瞳はきらきらしていて宝石のようだった。くりっと丸い目で、まだあどけない様子をしているところもかわいらしい。  女の子のようには見えないけれど、まだ中学を卒業して二ヵ月も経っていないのだ。子供らしさが残っていた。  とてもかわいかったけれど、ただ、ときめききれない要素はあった。口に草を咥えているという、かわいげも艶もまるでない様子だったのだから。 「……なにしてんの?」  振り返ったときに見えたネクタイの色は緑。自分と同じ。学年ごとに違う色をしているネクタイは、彼が一年生であることを示していた。よって敬語をやめて再度問いかけた。  瑞樹の質問に、彼は顔をしかめて口から草を取った。なにか、やわらかそうな不規則な形をしている草だ。草でも食べていたというのか。より解せない。 「よもぎを摘んでたんだ」 「よもぎ……?」  瑞樹の姿、やはりネクタイからだろう。そしてため口から同級生だと向こうも悟ったようだ。普通の口調でひとこと言った。  よもぎ。  口に咥えていたのはよもぎだという。そして近くにはビニール袋があって、その中にいくらか草が入っているのも見えた。  どうやらよもぎ摘みをしていたというのは本当らしい。けれど学校の裏庭で一体何故よもぎ採取など。しかしそれを質問する前に、違う声がした。 「なにしてんだ? 梶浦(かじうら)」  名字を呼ばれて瑞樹が振り向くと、ボラ研の先輩が立っていた。竹ぼうきを手にしている。今日、瑞樹と同じく裏庭の清掃に宛てられていた先輩だった。 「あ……その、先客が」  そう聞かれても、さっき話しかけて、よもぎを摘んでいると聞いただけだ。説明のしようがない。 「先客?」  先輩はひょこっと瑞樹の横から覗き込んだ。金髪の彼は咥えていた草はすでにどこかへやってしまっていて、ビニール袋だけ持って何食わぬ顔をしていた。瑞樹の先輩にしれっと答える。 「よもぎを摘んでいて……草木染めをするんです」  言われて瑞樹は驚いていた。  そうだったのか?  では何故口に咥えたりしていたのだろうか。  食べていたのとは違うと思うけれど、染め物にする、つまり染料にするのに味かなにかを確かめる必要はあるのだろうか。 「へー。染料になるんだな」  先輩はなにも疑わなかったらしい。ただ、彼の手にしていたビニール袋を見ただけだった。そう大きな興味もなさそうだった。 「あの、駄目でしたか」  彼はちょっと心配そうに言った。確かに一年生の身では、良いか悪いかは簡単に判断できないだろうから。しかし先輩はぱたぱたと手を振った。 「いやいや、別によもぎくらい。育ててるわけじゃないから持ってったらいいんじゃね」  雑な反応だったが、彼はほっとしたらしい。ぱっと顔を明るくして「ありがとうございます!」と言う。それで話はひと段落してしまった。先輩が瑞樹を促す。 「さ、梶浦。俺らはあっちからはじめるぞ」 「あ、……はい!」  そうだった、ここへはボラ研の活動できたのだ。謎のよもぎ男に会いにきたわけじゃない。  でも彼が気になってしまう。よもぎを摘んで、あまつさえ咥えたりなどしていた相手だ。気になるに決まっていた。  清掃場所と指定された裏庭の端へ向かう間。ちらっと振り返ると彼も瑞樹を見ていた。  その顔は言っていた。  『まずいところを見られた』と。

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