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よもぎの行き先

 清掃は二時間弱で終わった。放課後からはじめて、下校時間になったので終了だ。特に急ぎでもなんでもない活動だったので、部員同士で挨拶だけしてあっさり解散になった。  今日も良く働いた。瑞樹は満足して、うーん、と伸びをしながら校門へ向かった。場所やものが綺麗になるのは気持ちがいい。  元々掃除は苦でないので、ボラ研、合ってるみたいだなぁ。  改めて噛みしめながら帰ろうと歩いていたのだが。 「あの」  声がかかった。何気なく振り向いて、瑞樹はちょっと驚いた。  そこにはよもぎ男……と呼ぶのは失礼か。先程会って少し会話をした、金髪をした綺麗な彼が立っていたのだから。  よもぎの袋は見えなかった。通学鞄を肩にかけた、普通の格好だ。 「……ああ。さっきの」  瑞樹が答えると、彼はほっとしたような顔をした。瑞樹が覚えていたことにだろうか。 「ちょっといい?」  ちょっといい、とは時間がだろうか。なにか用事でもあるというのか。不思議に思いつつ、瑞樹は「いいけど」と答える。  それで、一緒に帰ることになった。校門まできていたので、外へ出て通学路を歩く。 「さっきのさ、ひとに言わないでくれるかな」  彼の言葉は単刀直入だった。瑞樹はちょっと目を丸くしたが、すぐに思い当たった。  まぁ確かに。よもぎを摘んでいたのも謎だし、咥えていたのはもっと謎だし、それはおそらくひとに知られたくないことなのだろう。想像には難くなかった。 「はぁ。まぁ、かまわないけど。じゃ、なんで摘んでたのかとか聞いていい?」  まさか本当に染料にするためではあるまい。口止めされるのだから聞くくらいはいいだろう。  よって質問してみたのだが、彼は案外明るい口調で言った。口止めをしてきた割には、あまりふさわしくない口調だった。 「春にはよもぎ餅を作るのが習慣でさ。その、弟や妹が好きなもんだから」 「へぇ……」  よもぎ餅。馴染みがなくはない食べ物である。  ただ、瑞樹にとってそれは、スーパーで売っているものだった。春先になれば和菓子コーナーにたくさん置いてある。家で作るという発想はなかった。  おまけにそのへんでよもぎを摘んで作るなど。そういう発想はもっとなかった。 「あんなにたくさん生えてるの、見たからつい……」  だがそのあとの言葉に瑞樹はちょっと目を丸くしてしまう。照れたような表情と口調。やはり、別に女の子のようではないのに、無邪気なかわいらしさが滲んでいた。  どうやら変わり者のようなのに、見た目は綺麗であるし、こんなあどけない口調で優しいことを言うものだから不思議な気がした。 「じゃあなんで口に咥えたりしてたんだ」  もうひとつの疑問を口に出したが、瑞樹のその疑問はあっさり回答された。 「ああ、みるいほうがうまい餅になるから」 「みるい……?」  聞いたことのない言葉である。首をかしげた瑞樹に、彼は一瞬きょとんとしたものの、すぐに補足してくれた。 「え? ……あー、方言だったか。やわらかいとかそういう意味」  そして静岡のほうの方言なのだとか、少し解説してくれた。それはともかく。 「ばあちゃんちに行ったとき初めて作り方を教えてもらって……こうして確かめるもんだって」 「はー、なるほどね」  つまりやわらかさを確かめるために噛んでいたのだと。これで謎はすべて解決した。  話がひと段落したあとに、彼は聞いてきた。 「ヘンだと思ったか?」 「そりゃあ……まぁ、うん」  そこは否定できない。正直に言った瑞樹に、彼は苦笑いした。自覚はあるのだろう。 「そうだろ。だから黙っててほしいんだよ」  格好がつかないからだろうか。そのときはそう思った瑞樹だったが、それは確かにその通りだった。  が、彼、この日別れるときにやっと名乗り合った名前、玲望。  玲望が『貧しい生活を表に出さないようにしている』方針であることを知るには、あともう少し時間が必要だった。

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