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きゅんと酸っぱいレモン味
「あー、うめぇ」
一気に煽って、玲望は息をついた。
駐車場まで戻ってきて、自販機で飲み物を買った。
「なんにする?」と聞いたのだけど、玲望は「炭酸」と答えた。
炭酸にも色々あるのだけど、玲望がさっさと金を入れて、ボタンを押したのはレモンサイダーだった。
がこんっと出てきたそれ。瑞樹は数秒、見つめてしまった。
出てきたペットボトルを玲望が持ち上げ、「つめてー」と楽しそうに頬に当てるのを。
初夏の冷たいレモネード。
真冬の優しい温度のホットレモン。
ほかにもアイスとかもあった気がする。
玲望は思い出してくれたのかもしれない。
二人のここまで一緒に歩んできた時間を。
日々を。
今、飲むのにふさわしい、なんて思ってしまって、瑞樹もつい同じものを買っていた。
「うめぇな。酸っぱいけど」
瑞樹も一気に煽る。喉はからからだったのだ。レモンサイダーは口の中でぱちぱち弾け、体を心地良く冷やしてくれた。
「レモンには疲労回復効果があるんだぜ」
ちゃぷんとペットボトルを振って、玲望は言った。
「だいぶ疲れたからなー。瑞樹のせいで」
ここまで何度も言われた言葉だったけれど、今のもの。一番嬉しそうだと瑞樹は感じてしまった。
「悪かったな」
なので素直に言ったのだけど、玲望はさらりと言った。
「悪くねぇよ。いいもん、見れたし」
いいもん、とは海だけではないだろう。玲望ははっきり言わなかったけれど。
海という場所。
これから一緒に居られるという、約束のできた場所。
別に海でなくても良かったと思う。
でも今夜は、きっとここがふさわしかった。
「そりゃ良かった」
レモンサイダーをもうひとくち飲んで。瑞樹は玲望のほうへ一歩踏み出した。顔を近付け、そっと触れる。
やわらかなくちびるへ。ふんわりしていてあたたかい。
「酸っぱいだろ」
離すと玲望はちょっと眉を寄せていた。
「同じ味だろ」
なのでしれっと言い返す。
誓いのキス、なんてものではない。そんな大仰な気持ちではない。
でも約束ではある。
いつか必ず叶えよう、という約束だ。
だから今はレモンの酸っぱさがきっとふさわしい。
きゅんと酸っぱいレモンの味は、二人の傍にいつもあったもの。
すべてがはじまった日も、楽しい日も、ちょっと喧嘩をした日も。
今は胸に約束を染み入らせるような。
そんな新しい酸っぱさが、じわりと胸に広がっていった。
(完)
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