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第1話
“ねえねえ、◯◯君はどうだった?”
“どうって?”
“第2性検査”
“俺はDomー!!”
“いいなーかっけー!!僕はNormalだったー残念!”
講義が終わってアパートに帰る途中、下校時刻の中学生達が交わす会話を聞いて、ああそういえばこの時期だったなと少し懐かしく感じた。
「みーきーとっ!!」
不意に後ろから背中を押され、驚いて振り返ると友人の谷津が立っている。
「谷津か。びっくりしたじゃん。」
「ははっ!一緒帰ろー!」
学祭の出し物に向けて染めた真っ赤な髪を雑にかきあげながら、谷津はしてやったりといった風に笑ったあと、先ほど俺が耳を傾けていた中学生達の方を見た。
「そっか第2性検診。懐かしいなー…。」
谷津もやはり彼らの会話に興味が行ったらしい。
「うん。」
「あの時は、Domならかっこいい、Subなら弱そう、Normalならつまらない、くらいの感覚で受けてたよな。」
「だね。」
…成長してもずっと、そう思えたらよかったのな。そんなことを思ったところで無意味だけれど。
考えながら見上げた空は、泣きたいくらいに青くって。それを素直に喜べないくらいには、俺はもう大人になってしまった。
この世界の約25%はDom、Subという第2性を持っている。
簡単に言えばDomはサディスト、Subはマゾヒストである。しかし第2性を持つ者はお互いにプレイと呼ばれる“DomがSubに命令し、Subはそれに従う行為”を行わないと、過度に凶暴的になったり体調を崩したりする。
「大きくなったらあの子もSubのこと、glare 放って脅迫したりcommand 使ってパシッたりすんのかなー。」
ふと、隣で谷津が漏らした。
Domは目からglare と呼ばれるSubを従える目力のようなものを放つことができる。
Subはそれを見ると恐怖などの感情から震えたり動けなくなったりするのだが、さらにglareを放ちながらcommand という命令形の指示をされると、自分の意思とは無関係にそれに従ってしまうのだ。
自分の認めた主人からされるプレイとしてのそれは至福だが、ただ単純な面倒臭いことの押し付けはSubにとって苦痛でしかない。
「…こっわー…。」
谷津は冗談めいた口調で言ったが、そう言ったいじめは高校でよくあることで、想像しただけで恐ろしい。谷津ももしかしたらやられたことがあるのだろうか。
「まあでも、俺今超美人のパートナーがいるから幸せだけどな!Subだったおかげで彼女とも出会えたし。」
「それはよかった。」
谷津の幸せそうなオチで、会話は終わった。
いいな。幸せで。
そんなことを思いながら、谷津とは丁字路で別れる。
お互いにプレイをし合うDomとSubのペアをパートナーという。通常恋人とパートナーは一緒であることが多い。
“お互いのことが性的にも第2性的にも好きな相手と出会えるなんて、運命的だ。”
少なくとも第2性がある人に配られた冊子にはそう書いてあったし、俺にもそう思っていた時期があった。
でも、現実は違う。
glare が効きにくくパートナーが見つからないSubは、Sub性が暴走しないために一夜限りの相手を求め、望まない虐げを受けなくてはならない。
加えてセクシャルマイノリティーであれば尚更パートナーなど見つからない。
…俺みたいに。
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