4 / 70

第3話②

彼に手を引かれ、誘導されるままに足を動かす。 自分でももうなにが起こっているのかがよく分からなくて、ただ1つだけ、彼に調教(プレイ)して欲しいという思いだけが脳を侵食していった。 「少し散らかっているけど。」 がちゃり、と彼がドアを開けた音で急に頭が冴え、今の状況を理解する。 「えっ…、あの俺… すみません…」 …本当に何をしてるんだ。まず同性にプレイしてくださいとせがまれたら引く。しかも初対面で、ただちょっと偶然助けただけの相手に。 「いいよ気にしないで。少し休んでいきなさい。」 「…お言葉に甘えて…。」 玄関先で謝ったが、彼はただ微笑んで許してくれた。 いざ冷静になって顔を見てみると彼はおそらく俺より7、8歳は上の大人の男だ。切れ長の目が少し冷たい印象を与えるものの、微笑めばその瞳は柔らかに細められ、今度は驚くほど優しく映る。 どこか儚げで危ない雰囲気と端正な顔立ち。 美しすぎて人間離れしているという印象すら受ける。 案内されたのは暖色の光に満ちたリビングで、俺はダークブラウンのソファに座るよう勧められた。 「すこし待っていてね。」 彼は俺を座らせると違う部屋に行ってしまった。 なにをすることもできない俺は、部屋の中を見渡す。 色、メーカーの統一された家具が非常に綺麗に配置されているモデルルームのような部屋に感動していると、どこからか芳醇な香りが漂ってきた。 「ミルクと砂糖は好みで入れてね。…あ、紅茶の方が良かったかな?」 彼はお盆を持って、机を挟んで向かいのソファに座った。 お盆に乗せられたマグカップのうち1つが差し出される。 …コーヒーまで入れてくれるなんて、この人優しすぎないか?それもいつも飲んでいる眠気覚ましのインスタントコーヒーとは全く香りが違うやつ。 「…ありがとうございます。いただきまっ…んっ…」 俺はそれを受け取りぐいっと一気に飲み干そうとしたが、そのコーヒーは想像以上に苦かった。 「あはは、ミルクと砂糖も使ってね。」 優しく言われ、恥ずかしさに固まってしまう。 そのまましばらく沈黙が流れた。 「落ち着いたかな…?」 何か言わないと、と思ってあたふたしていたら、彼が先に沈黙を断ってくれた。 「はい…。」 恥ずかしくて気まずくて、答える声が自然と小さくなってしまう。 「僕は秋月由良(あきづきゆら)。君は?」 由良さんっていうのか。かっこいい名前だな。 「…風間幹斗(かざまみきと)です…。」 「そっか、幹斗くん。違ったらごめんね。君はSub?」 依然として穏やかな声で尋ねられる。 「…はい…。」 「さっき、どうしていきなりkneel(お座り)したのか、差し支えなければ聞いてもいいかな?僕、glareは出してなかったと思うけど…。」 「… 」 「言いたくなかったら、言わなくていいからね。」 …優しい。 由良さんの口調や声が優しい雨みたいに感じられて、自分の支配権を彼に握って欲しいという衝動が俺の中で再び募った。 “あなたの目を見た途端に本能で支配されたいと思いました。俺をあなたのパートナーにしてください” そう言いたいけれど、先程の愚行を考えると、こんなことを言ったら今度こそ捨てられてしまうのではないかと、怖い。 「ああ、泣かないで。嫌なことを聞いてしまったかな?」 慌てたような彼の声。気付けば涙が溢れていた。 …違う。言いたい。言いたいけど怖くて言えない…。 言おうとして口を動かしても、声は出ない。 しばらくそうしていると、ちょっとごめんね、と言う声とともに由良さんが立ち上がり、顎を掴まれ、上をむかされた。 刹那、身体中を刺激が駆け巡った。 杭で打ち付けられたように、彼の目から視線を逸らせない。これがglare(グレア)だと、Subの本能が教えてくれた。glareが効くと、こんな風になってしまうのか。 …このままその視線を注がれ続けたら、おかしくなってしまいそうだ。 恐怖なのか快楽なのかは判断がつかないが、なんというかもう脳が気持ちいい。 これ以上脈打ったら死んでしまうのではないかと思うのに、鼓動はなおも加速し続ける。 彼の指が触れたところが、熱い…。 彼の唇が開いていく、その様子がやけにゆっくりと見えて。 「Say(言え). 」 …command(命令)!? 「…あなたに、…支配、された、くて… 」 気付いた時にはもう遅く、俺は自分の意思と関係なしに全てを話してしまっていた。

ともだちにシェアしよう!