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※第7話⑤

「準備の仕方はわかる?」 部屋に着いてすぐ、コートを脱ぎながら由良さんは俺に尋ねた。準備というのはおそらく、由良さんを俺が受け入れるための準備のことだろう。 そういえば全くそういう準備をしていない。突然のことだから、前もって念入りな準備を、というわけはいかなかったけれど、せめて歩きながらスマホで必要な道具ややり方を調べるくらいできたはずだった。 「すみません今、調べますっ…!」 動揺し切ってそう言いながら、取り出したスマホを勢いよく落としてしまう。 きっといつものように穏やかに笑っている由良さんに対して、俺はこんなに胸が苦しくて、身体が熱くて、どうにかなりそうなほどドキドキしていて、そんな温度差が少し寂しく、そして恥ずかしい。 由良さんほどのDomなのだから、セックスなんて慣れていて当然だ。 落ちたスマホを慌てて拾おうと手を伸ばす。 しかし、その手が届くことはなかった。代わりに伸ばした手が引き上げられ、背筋が伸び、由良さんと目が合う。 目に映った由良さんの表情は思っていたよりずっと焦燥している風で、目からglareが出ているわけではないのに、こちらを見つめる視線がとても熱っぽい。 「…ごめん幹斗君、今日は僕にやらせて。」 僕にやらせて、というのは準備のことだろうか? それは無理だ。由良さんの手を煩わせるわけにはいかない。 「由良さんの手を煩わせられないし、自分でします。」 「…そうじゃなくて。」 今度は手首を掴まれたままじりじりと壁の方へ詰め寄られる。由良さんに掴まれた手首は、優しく壁に押し付けられた。 そうではないというならどうなのだろう。 考えているうちに由良さんの端正な顔立ちが少しずつ近づいてくる。 耳元に由良さんの吐息がかかった。熱い。 「…もう待てない。いい?」 囁いた声は、普段とは違う、かと言ってプレイ中の冷たい声とも違う。熱とともに、どこか縋るような響きを孕んでいる。 俺はその色香にやられて、ただ首を縦に振った。 もしかしたら由良さんも余裕を失っているのかもしれない。俺と同じで。 …だったらいいな、なんて思ってしまう。 頷くや否や本日2回目のお姫様抱っこの形でベッドの上に連れて行かれた。今日はシャワーを浴びてからじゃないんだ。 由良さんが時計を外し、ヘッドボードへ置いた。その仕草がとても大人っぽくて見惚れてしまう。 俺はシャツを脱ごうとするのに、手が震えてうまくボタンが外せない。 四苦八苦している俺の手を由良さんの手がやんわりと押し除け、ボタンを外すことはせず、身体を抱きしめ、頭を撫でた。 気持ちいい…。 「緊張してる?」 緊張なんてしてるに決まってる。こくこくと頷くと、じゃあ同じだねと言ってキスをされた。 くちゅ、と音を立て由良さんの舌が口内に侵入(はい)ってくる。 侵入した舌は俺の口内を蹂躙し、やがて入ってきたときよりもずっと淫らな音を立てて出て行った。 官能的な口吸いに、うっとりとしてしまう。心臓は破けてしまいそうなほど激しく脈打っているのに。 初めてから由良さんのキスを味わってしまったのだから、俺はもう他の味ではきっと満足できないのだろうと、頭の片隅で考えた。 唇が離れると同時に、冷たい手が俺の下腹部をそろりと撫でた。 すでにそこには熱が溜まっていて、撫でられることで中身の熱がぐちゃぐちゃと掻き回されているようで、じりじりと快感が募っていく。 由良さんの片手がだんだんとシャツの中に深く侵入し、そのままもう片方の手が全てのボタンを手際よく外した。 「幹斗君の身体、綺麗だよね。」 「…くっ…んんっ… 」 甘い囁きを合図に、由良さんの唇が胸の突起に触れる。 微かな刺激が下腹部に溜まった熱を増長し、俺は耐えきれず声を漏らした。 綺麗、なんて言葉を自分に重ねようとしたことはなかったけれど、由良さんの唇が宝物に触るように優しく優しく触れるから、本当にそうなのではないかと錯覚してしまう。 「はぁっ…んっ…ゃぁっ… 」 はじめは唇で触れるだけだったのに、次第に彼は舌で突起を転がし始めた。 触れるだけのものとは違う確かな刺激に身を捩るのに、押さえつけられ、逃げることは許されない。 さらには長い指でぐちゅぐちゅと口内をかき回され、その唾液で濡れた指でもう片方の突起も蹂躙される。 「いやっ…、由良さんっ……、こ、こわいっ… 」 このままじゃおかしくなってしまう。 「怖くないよ。ほら、気持ちいい。」 突起を弄っていない方の手で、由良さんが頭を撫でてくれる。胸から唇が離れたと思ったら、不意打ちで耳を舐められ、身体が跳ねた。気持ちいい。 たっぷりと時間をかけて上半身を舌や手で愛撫され、身体が快楽に支配されたあたりで、由良さんが俺のベルトに手をかけた。 「脱がせるね。」 「あっ…!」 答える間もなくジーンズと下着を一気にずり下ろされた。俺は反射的に外気にさらされた下肢の中心部を手で覆い隠す。 「だめだよ、ちゃんと見せて。そうしないとできないから。」 覆い隠した両手はあっけなく除けられ、そればかりか由良さんの片手で両腕をまとめて頭上に押さえつけられた。 そのまま由良さんの身体が足の間に入ってきて、さらに片足を持ち上げられる。 結果的に俺は緩く勃ち上がった自らの昂りとまだ誰にも晒したことのない秘孔を、由良さんの目の前に晒す形になった。 恥ずかしくて泣きそうだ。自分でもまじまじと見たことのない、排泄のためだけに作られたその部分を、大好きな相手に晒している。 恥ずかしい。いやだ。 なのに、次第に俺の身体からは力が抜け、その一番恥ずかしい場所に由良さんの顔がさらに近づくことを許してしまう。 …これ、プレイ中だったら、きっとすごい恥ずかしいこといっぱい言われて、されるんだろうな。 ふと、考えた。 いっそcommand(命令)があったなら由良さんを振り払わない言い訳ができたのに。 それがないから、この恥ずかしい体勢を強いられて抵抗しない事実を、自分以外のせいにする術を、今の俺は持たない。

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