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第7話④

「「「お疲れ様でした」」」 着替えて片付けも終えて解散し、スマホを見ると由良さんから連絡が入っていた。時間を見ると1時間前のメッセージだ。 “駅のカフェで待っているから、終わったら教えて” 慌てて今終わりましたと打つと、すぐに既読になる。 その後夕食について聞かれ、片付け前に食べたことを告げると、良かったと返された。 大学の外に出るともう外は真っ暗で、夜風がひんやりと冷たい。 コートを羽織ってくればよかったと少し後悔しながらポケットに手を入れて歩く。 由良さんと別れた後から、“今夜claimしようか”という由良さんの言葉がどうしても頭から離れない。 忘れることを拒むように脳が何度も繰り返したから、あの甘く掠れた声が耳朶を震わせた感覚すらまだ残っている気がする。 ミント味のキスも、あの暗い瞳が帯びた熱も、まるで先ほどのことのように思い出すことができて。 ふと、こんなにとんとん拍子に話が進むなんて幸せすぎてこの後何かとてつもない反動が来るのではないかと怖くなった。 例えばこの先で事故に遭ったり、明日ここにミサイルが落ちたり。 考え始めたら止まらなくて、こんなにも幸せなのに泣きそうになるし、そんな悲観的な自分が嫌になる。 「幹斗君。」 前方から声がして、自分がひどく俯いて歩いていたのを自覚した。 前に向き直ると、由良さんが駅の方から歩いてきている。 「どうしたの?浮かない顔をして。」 由良さんが心配そうに聞いてくる。 「幸せすぎて怖いなって。」 こんなこと言って笑われてしまわないだろうか。と思うけれど、先ほどのこともあって嘘をつくのは良くないと思い、本音を言った。 「…わかるよ。」 「え…?」 俺の方を見て由良さんが、少し寂しそうに微笑む。 「幹斗君みたいな素敵なSubと、パートナーになれるなんて幸せすぎて怖いよ。」 「…っ!///」 甘いセリフに溶かされてしまいそうだと思った。 もうずっと疼いている心臓が、ばくばくとさらに加速していく。 「それで、幹斗君はどっち?」 どっち?とは、何のことだろう。情報量が少なすぎてわからない。戸惑っていると小さく耳打ちされた。 「…抱かれたい方?抱きたい方?」 こんどは過分なほどストレートに言われた、その妖艶な響きと甘い内容で、背筋に電流のような刺激が走りぞくりとする。 抱かれる方か抱く方。女性の身体に興奮しないと自覚したあと、まさかと思って見たゲイビデオで漠然と俺は抱かれたい側だと自覚した。 「…抱かれたい、方です… 」 言うのには思ったよりもずっと勇気がいった。男という性別に生まれておきながら抱かれたいという、子孫繁栄の原則に逆らう欲求。昔ほど差別が見られなくなった今も、結局その事実は変わらない。 「じゃあ問題ないね。…それと、一応聞くけど、初めて?」 じゃあ問題ない、とはどういうことだろうか。聞くことも躊躇われるくらいに軽く流され、その後にさらに恥ずかしい質問をされた。 「あの、…はい…。」 「じゃあしっかり準備しないとね。」 優しく返され、戸惑う。 これから抱く相手が初めて、と聞いて嬉しい人と面倒だと思う人の二通りが世の中にはいるらしい。由良さんがどっちなのかは、その穏やかな表情を見ているだけではわからないけれど。 由良さんの家までは電車で1駅。その間をあとは他愛のない会話をしながら過ごした。 由良さんは俺に大学で何をしているか、高校はどこか、好きな食べ物は何かなどを聞き、俺は由良さんに仕事のことを聞いて。 そんな優しい時間の中で、ああ俺この人とずっと一緒にいたいなと、そんな思いが強くなった。

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