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第9話②

入り口前で待っていて、と由良さんに言われ、ショッピングモールの外に出ると、再び寒さに襲われた。 トートからコートを取り出し着て、ちょうどいい暖かさになる。 見渡すと、街の木々は電飾を着せられていた。まだ12月にもなっていないのに、気が早い。 そんなに急がなくていいのに、と思う。 今の幸せがずっと続けばいいと思うけれど、もしそれが無理ならば、せめて今をゆっくりと味わえたらいい。 謎の哀愁に浸りながら、駅から出てきた人たちが気にするそぶりすら見せない明かりをぼんやりと見つめる。 ふわり。 ゆくりなく、何か肌触りの良い、やさしい軽い感触が肩に降りた。 「さむいね。」 振り返ると、黒いコートをまとった由良さんが何かを手に持って立っている。 何かと思って触れたら、肩に乗っているのはカシミアのマフラーだとわかった。 「これどうぞ。」 つづけて由良さんに何かを手渡され、とっさに受け取る。 「ありがとうございます。」 息を吸い込んだのと同時に芳醇な香りが鼻をかすめた。 ホットコーヒーのカップだ。コンビニのものではなく、自分へのご褒美として買う値段の代物。 「風邪を引くと困るから。」 平然と言われ、顔が火照った。この気遣いはずるい。誰でも惚れる。 「あの、由良さんは?」 マフラーの端を持ち上げながらたずねる。寒くないのだろうか。 「僕はコートが温かいから。それに…」 「!?」 これで大丈夫、と言った次の瞬間由良さんは俺の手をとって由良さんのコートのポケットに入れた。 驚きで肩が跳ねる。 ああ、静まれ心臓。こんなに距離が近かったらバレてしまうではないか。 由良さんの手は節張っていて男らしく、そして俺よりも少し大きい。ポケットの中も由良さんの手も暖かくて、でも、自分の火照りとどちらのせいで熱いのかはわからなかった。 「夜ご飯まだだよね?お店予約してあるんだ。」 特に何かを気にする様子もなく、由良さんは話し、歩みを進める。 せっかく渡されたコーヒーは、繋いだ手のことを過剰に意識するうちに冷めてしまった。今の体温と中和されて、ちょうどいいかもしれない。 「ここだよ。」 由良さんが足を止めたのは、小さなイタリアンの前だった。看板も入り口も路地裏にあり、隠れ家的な印象を与える。 中に入ると、一面はバーカウンターで、他に3つテーブル席があった。 広くはないが、席数が少ないのと天井が高いため閉塞感を感じない。また、統一感のあるシンプルな家具と暖色の照明が、どこか由良さんの部屋に似ている。 「予約していた秋月です。」 「お待ちしておりました。カウンター席へどうぞ。」 コートを受け取りながらウェイターが一礼。 カウンター席に座ると、メニューが渡された。 「幹斗君お肉好き?」 由良さんがメニューを受け取り、俺にも見えるように広げる。 「好きです。」 「よかった。あと、苦手なものは?」 「えっと、セロリと春菊が少し…」 「よかった、コースに入ってないから大丈夫。じゃあ…この中で食べたい部位とかある?」 由良さんがページをめくり、様々な肉の部位が書いてある欄を指差した。 A5ランク和牛の、その中でも高そうな部位しかないように思えるが、錯覚だろうか。 「じゃあ、ヒレで… 」 「了解。僕はタンにしようかな。」 由良さんが注文し、しばらくして料理が運ばれてきた。 「んっ!!」 肉はステーキにして出されたのだが、一口含んだ時の旨味に、俺は驚いて目を見開いた。 柔らかいが弾力があり、そして噛むたびに凝縮された旨味が広がっていく。 「おいしい?」 「すごく美味しいです!」 ここのは全部熟成肉なんだよ、と言い、隣にいる由良さんが嬉しそうに俺を見た。お酒が入っているからかいつもよりさらに色気があり、格好良すぎて直視できない。 ちなみに俺は、未成年なのでノンアルコールのカシスソーダを飲んでいる。色が似ているので由良さんとお揃いでワイン気分…と思ったが、ワイングラスに入っていないからあまり意味がなかった。 入り口の方でカランカランと音がなる。 「予約してた…あら、由良じゃない??」 由良さんの方に話しかけた声を、俺は知っている気がして振り返った。 「やっぱり…って、あらあら、幹斗ちゃんじゃない!!」 あら偶然ね、とサラサラのヘアをかき分けながらこちらへ歩んできた彼女…いや、彼は、由良さんに出会う前まで世話になっていたクラブのママだった。

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